流通ジャーナリストとして活躍し、2012年10月、41歳の若さで急逝した金子哲雄さん。金子さんはいかにして、葬儀社に「あれほど清々しく爽やかな葬儀は見たことがない」と唸らせるほどの見事な最期をプロデュースしたのか。「納得のエンディング」の作法を考える。
故人も、遺された人たちも、納得できるエンディングとは何か。
41歳の若さで急逝した流通ジャーナリスト・金子哲雄さんは、23万部のベストセラー『僕の死に方 エンディングダイアリー500日』(小学館刊)で、こう記している。
〈「流通ジャーナリスト」として情報を発信してきた。自分の最期、葬儀も情報として発信したいと思った。賢い選択、賢い消費をすることが、人生を豊かにする。(中略)葬儀は人生の幕引きだ。これも含めて、人生なのだ。その最後の選択を間違えたくなかった〉
病名は「肺カルチノイド」。発症率は10万人に1人といわれる。悪性の腫瘍に体が冒される、がんと同じ症状の病気だが、確立された治療法は、事実上ない。2011年6月末、金子さんは「今すぐ死んでも驚かない」と、医師から突然の余命宣告を受けた。
死んだ後のことは遺族がやる、というのが一般的だ。しかし、金子さんは闘病と仕事を続けながら、自分で「死ぬ準備」を進めていくことにあくまでこだわった。
〈私は自分の「最期」を、最後の仕事として、プロデュースしようとしていた〉
結果として、そのプロデュース作業が金子さんの寿命を延ばし、周囲の遺された人たちにも鮮烈な印象を残すことになった。金子さんから相談を受け、二人三脚で「金子流エンディング」を作り上げた葬儀社『セレモニーみやざき』の宮崎美津子社長が振り返る。
「エンディングとは、その人の生き方そのもの。あれほど清々しく爽やかな葬儀は見たことがありません。生前、金子さんが一通りの準備を済ませた後、『これでいい死に方の花道が整えられた』と仰っていましたが、まさに見事な花道でした」
金子さんは消費者のお得感を一番に考えてきた「コストカットのプロ」だったが、自分の葬儀に関してはコストを最優先する考えは取らなかった。常に考えていたのは、遺された人たちへの配慮だ。
〈最初に取りかかったのは遺産整理だ。遺産がたくさんあるわけではないが、こうしたものも、きちんと整理しておきたい。こういうことで、残してしまった人たちに嫌な思いをさせたくない〉
故人を悼む気持ちは同じなのに、おカネで争ってしまう――現実でよく起きるそんな事態を避けるため、金子さんは細心の注意を払った。誰に遺産を相続させるかなど、死後、親族間で揉めるトラブルの芽を、生前に公正証書遺言を作成することですべて摘んだのである。
また、死亡するとただちに預金口座は封鎖されてしまう。引き出すには、故人の戸籍謄本や法定相続人すべての印鑑証明などを揃えて銀行に提出しなければならず、最短でも1週間程度の時間を要する。祖父や夫といった、亡くなった縁者の預金を葬儀費用などに充てるつもりだった遺族が、口座を凍結されたことによって混乱に陥るケースは多いという。
そのため、葬式の費用はすべて自分で出すと決めていた金子さんは、事前に葬儀などに掛かる費用を見積もって、喪主を務めることになる夫人の口座に移しておいた。
金子さんは遺された妻のその後の生活についても思いを巡らせた。
〈この部屋から、片方の住人が消える。ひとり暮らしをするにはこの部屋は広すぎる。家賃負担も馬鹿にならない。(中略)今のうちに引っ越しできないか。ギリギリまでコストを下げる努力をしたい〉
まさに流通ジャーナリストの真骨頂だった。
※週刊ポスト2013年5月17日号