厚生労働省の諮問機関である中央社会保険医療協議会の調べによると、在宅療養支援診療所、いわゆる“往診ドクター”を抱える診療所や病院は全国に1万3283施設ある。
この数だけを見れば、在宅医療のインフラ整備も進んでいるように見えるが、実態はそうでもない。
「私のように往診専門でやっている医療機関はまだ僅かで、東京都内でも各区に2~3施設ある程度。ドクターも病院に勤務するより忙しいですしね。でも、莫大な医療費もかかる高齢者の月の入院医療費を往診で防ぐことができたら、国の保険料はもっと別のことに回せる。国がやっているのは入院患者を早く退院させる“出口”の政策ばかりで本末転倒です。さらなる医療福祉の制度設計は必要だと思います」
と指摘するのは、訪問診療を専門とする板橋区役所前診療所の島田潔院長(44)。それでも2000年に介護保険制度が導入されて以降、往診医を取り巻く環境は良くなったほうだという。
「診療所を開院した1996年当時の仕事といったら“SOS”の往診依頼ばかり。病院に入院したくないと言っている高齢者を説得して欲しいとか、ゴミ屋敷になっている家に誰が住んでいるかを見に行って欲しいとか……。でも、介護保険が始まって行政も地域にどんな高齢者がどれだけいるかの実態把握に努めるようになりました」
現在、同診療所では島田氏はじめ8名の医師が、板橋区内に住む在宅患者約700名と施設入居患者約700名の往診を日々行っている。自分が担当する患者に何かあれば、非番の日でも24時間駆け付けるのをモットーにしている。
「休みの日に子供とキャッチボールしていて電話が鳴るなんてこともしょっちゅう。そんなときは子供も一緒に連れて往診に行きます。これは父親の仕事を見せる社会勉強のひとつ。今どき人の家に上げてもらえる機会は少ないでしょ。暖かい家、冷たい家、お金はあるけど家族がギクシャクしている家。いろんな暮らしぶりを肌で感じることができます」
かくいう島田氏自身も複雑な家庭環境で育った。小学生のときに両親が離婚。父親は衆議院議員の亀井静香氏だ。10年にわたって父子の絆が途絶えた後に再会。今では2か月に1回は会食する関係だという。
「父はめっきり酒を飲まなくなりましたが、会えば政治の愚痴ばっかり(笑い)。還暦を迎えたら政治家を引退して画家になりたいと絵も始めたのに、結局は議員を続けている。本音はまだまだ、なんでしょうね」
苗字は違っても、島田氏が亀井氏の息子だということは知る人ぞ知る話。これまで度々、大物政治家や医師会、東京都議などから選挙への出馬を要請されてきた。医師から政治家への転身が頭をよぎったことも「ないと言えばウソになる」と島田氏は正直に打ち明ける。だが、
「父も世襲を望んでいませんし、政治家が小粒化している中で、自分が政治家になってどれほどのことができるのか。それと、自分がやっている往診医の仕事でどれだけの人が幸せになっているのかを比較してみると、いまの政治に対してそれほど魅力は感じません」
もちろん、父との会話の大半をしめるのが政治の話題だけに、とりわけ厚生行政には一家言をもっている。
「亀井の息子だから言うわけではありませんが、小泉さん時代の市場原理主義、強者の理論は私もよくないと思っています。社会保障を手厚くして、一定のセーフティーネットを敷くのは大切な国の役目。そういう心がなくなったら世の中は荒んで住みにくくなります」
高齢化社会により、ますます重要視される在宅医療・介護の問題。いまのところ板橋区内の往診に東奔西走する島田氏だが、将来的には「時代の要請」で永田町を駆け回る日々が訪れるのだろうか。
●取材・文/田中宏季
●撮影/横溝敦