何気なく目に飛び込んでくる映像に込められた作り手の意図、その効果とは——。作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が話題のCMを分析した。
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たった15秒の中で、商品をよりリアルに、印象的に表現するためにはどうしたらよいのか?
テレビCMは当然のことながら、「視覚」——目からの情報と、「聴覚」——耳からの情報で成り立っています。私たち情報の受け手が、「視聴者」と呼ばれるゆえんもそこにあります。
でも、視覚と聴覚の2つの感覚に働きかけるだけでは足りないのではないか——CM作りに頭を悩ませる広告制作者の人々は、視聴者の「五感」をいかに揺さぶることができるのか、四苦八苦しながら工夫を重ねているようです。
もろちん、テレビから実際の「匂い」が漂ってくるわけではありません。それなのに、「匂い」を感じてしまうような、あるいは感じたくなるような仕掛けのCMが次々に登場しています。
そこで、「嗅覚」の趣向を凝らした話題のCMを3本、ピックアップ。
■「香りが見える」ジョージアの『エメラルドマウンテン ブラック』
缶を開けた瞬間、ポワンとした煙が立ちのぼる。「香りが見える」というキャッチコピーの缶コーヒーCM。えっ? どういうこと? 香りが見えるなんて本当? 半信半疑。自分の目で見て、確かめたい。実際に買ってきて実験してみたくなるところがミソです。
その仕掛けは、商品ウエブサイトの説明によれば「アルミ陽圧缶」を使い、内気圧が外気圧よりも高い状態にしているために香りが素早く広がる、ということらしい。で、なぜ「香りが見える」のか、今一つメカニズムがのみこめません。実際に試してみたところ、何だか「もやっ」程度のなにかが見えたのか見えなかったのか……?
定かではない。けれど、とにかくおもしろい。「香り」という見えないものを「見える化する」というコンセプトの勝利。視覚×嗅覚という二つの違う感覚を掛け合わせたあたりも、実にユニーク。私たちの体に直接、語りかけてくるCM、と言えるでしょう。
■におう男が、におわない男に変身する『デ・オウ』
水しぶきの中から登場してくる裸の伊藤英明。鍛え抜かれた上半身を、ボディソープで豪快に洗う。そして一言、「におわない」とつぶやく。
ロート製薬から新登場の男性向けケアブランド『デ・オウ』。男のにおいに立ち向かうボディソープのCMがオンエア中です。水に濡れた筋肉隆々の裸体、脇毛のあたりからはまさしく男の匂いが漂ってきそう。これは逆説的テクニックでは! 視聴者に男の匂いを疑似体験させつつ、「におわない」男になるというローションを宣伝している。
実に印象的。このCMを一回見たら忘れられない、という人も多いようです。
■P&Gエアケアブランド『ファブリーズ』
松岡修造演じる父と三人の息子の熱血家族が、汗だくになって帰ってくるCM。掃除している母の前で、裸足でべたべた歩きまわる男たち。「くさっ」と眉をひそめる母。並んで靴を嗅ぐシーン。まさしく臭いが漂ってきそうな画面。ご存じの消臭剤CMです。
気になるのはオンエアの時間帯。実は私自身、昼食時に何度もこのCMに遭遇してしまいました。この匂い疑似体験は、疑似であっても、食事時間にはちょっと耐えられない。まさか、炎上マーケティング? もちろんいろいろな時間にオンエアされているCMなのでしょう。けれど、不幸にも食事時間帯にバッティングとなると、松岡さんの「クサイ」演技も相乗効果で、商品の名前を覚えてしまうほど強烈な、逆なで感。
たしかに目立つ。ただ、広告とは消費者との信頼と絆を作り上げるツールでもあることを考えあわせると、どうなのでしょう……。
いずれにしても、「嗅覚」を刺激することは、人の本能を刺激すること。
匂いの情報は、脳の中でも古い部位へ入ります。理性的な判断を下すその前に、記憶や感情の脳領域を瞬間的に激しく動き回り揺さぶる。強いメッセージになりうる。それだけに、匂いの表現をどう扱うのか、その手法が鋭く問われることにもなるのです。