大手食品メーカーが製造する商品に引けを取らない味で、かつ低価格――とのイメージが強いPB(プライベートブランド=自主企画)食品の常識が変わりつつある。
コンビニ業界トップのセブン―イレブンが4月中旬に発売した独自ブランドの食パン『セブンゴールド 金の食パン』が、わずか2週間で65万個、約1億円を売り上げた。驚くのはその価格。1斤6枚入りで250円と、スーパーで売られている有名ブランドの食パンより100円ほど高い。デフレ不況下では決して手の伸びやすい価格とは言えないはず。
だが、“高級PB”が売れている背景を、単に景気回復によって消費者の財布のヒモが緩んできたと捉えるのは早計だ。『コンビニと日本人』(祥伝社刊)の著者で消費生活コンサルタントの加藤直美さんが話す。
「もともとコンビニは定価販売の流れがありますし、少し値段は高くても話題性のある商品ならば好不況にかかわらず売れる業態特性がありました。また、ファミリー層をターゲットにしたスーパーと違い、単身者がふらりと訪れてささやかな贅沢を味わいたいという消費行動がある。値段ではなく、いかに消費者の満足感を高めるコンビニ独自のPB開発ができるか。じつは1990年代からずっと力を入れてきたのです」
食パンはその象徴的な商品でもある。これまでコンビニでは菓子パンが人気で、食事パンは売れないと思われてきたが、主な顧客が若者層だけでなく主婦や高齢者まで広がるにつれ、食パンや牛乳など日常食品を求める消費者も増えた。そこで急がれたのが、味の差別化だ。
「高齢者をはじめ、食に対する健康志向は変わらず高いのですが、カロリーや脂肪、糖分を抑えたパンを作れば味が落ちます。それよりも最高の素材をふんだんに使った美味しいパンを少しだけ食べて満足したいという需要が高まっていたのです」(前出・加藤さん)
セブンはその傾向にいち早く気付いていたものの、食パン開発には苦労が絶えなかったという。
「山崎製パンのような大手メーカーにPBの製造委託をすれば良かったのですが、全国ブランドを重視する同社と折り合いが悪かった。そのため、味の素や伊藤忠食品といった製パンメーカーでない企業に冷凍生地を作ってもらうなど、1から開発を進めていかざるを得なかった」(大手食品メーカー関係者)
「金の食パン」の製造元である武蔵野フーズも、パン粉製造からスタートし、後にセブンと二人三脚でサンドイッチや食パンの味を追求してきた歴史がある。カナダ産のパン粉、生クリームや蜂蜜を加えた独自製法で編み出した“もっちり食感”は、まさに両社の地道な開発の賜物といえる。
「ナショナルブランド(NB)に対抗するというより、PBの競争に勝ち抜ける商品を多く作りたい」。セブン―イレブン・ジャパンの幹部はこう意気込む。いまやセブン&アイグループの主力PBである「セブンプレミアム」の売り上げは、1700品目で年間約4900億円。2015年度には2400品目で1兆円を目指している。高級食パンで成功したアップグレード版の「セブンゴールド」シリーズも、現在の11品から約300品目まで拡充させる方針だ。
このままの勢いが続けば、狭いコンビニ店内がPB商品で埋め尽くされる日が来ても何ら不思議はない。
「いまでもセブンプレミアムの75%はセブンイレブンで売っています。海外に目を転じれば、イギリスのテスコのように9割が自社ブランド商品で売り上げを伸ばすスーパーもあります。日本もいずれ、ナショナルブランドの商品より美味しいコンビニPBが味の記憶となって、確固たるブランドを築いていく可能性は十分にあります」(加藤さん)
小売りが製造も兼ねるSPAの流れは時代の趨勢といえる。だが、「あのメーカーの、あの味」が次々と淘汰されてPBに束ねられていくのは、少し寂しい気もするのだが……。