この2人を「理想の師弟」と呼ぶことに、異論を唱える人はおそらくいないだろう。5月5日、国民栄誉賞を同時受賞した、長嶋茂雄氏(77)と松井秀喜氏(38)だ。絶大な人気を誇る2人の国民的スターだが、彼らにはまだ知られざるエピソードがある。スポーツライター・永谷脩氏がその秘話を綴る。(文中敬称略)
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長嶋茂雄の携帯電話が鳴った。ニューヨークにいる松井秀喜からのものだった。
「監督がもらうのは当然ですが、僕がもらっていいのでしょうか。お断わりしようと思うのですが」
その時の長嶋の答えは、
「一緒にもらうんだから価値があるんだ。いいんじゃないの?」
その結果、5月5日、東京ドームでの松井の引退式の場が、長嶋との国民栄誉賞の共同受賞の場になった。
長嶋が打席に立ち、投げるのは松井、捕手は原辰徳・巨人監督。球審を安倍晋三・首相が務め、立会人には過去、球界で国民栄誉賞を受賞した王貞治と衣笠祥雄がいる。皇室のような「権威」と「勲章」が大好きな長嶋ではあるが、参院選を見据えた、時の政権の人気取りに利用されているのではないかと思うと、複雑な気持ちになった。
「長嶋さんが“もらおう”と言ったら断われない。松井にとって、あの人は絶対だから」
球界ではこうした意見がよく聞かれた。
松井の長嶋への感謝の思いは人一倍強い。まず2人の関係を語る上で外せないのは、巨人時代に長嶋が打ち出した「4番打者・1000日計画」に基づき、連日連夜行なわれた「素振り特訓」であろう。
バットを横に構えた長嶋のグリップエンドに向かって、松井が思い切って振り抜く。その音で、調子のいい・悪いがお互いにわかったという。松井がメジャーに渡ってから、長嶋はたった1度だけアメリカを訪問したことがあるが、その時も長嶋は「いつものヤツをやろうか」と声をかけ、有名なプラザホテルの最上階でも特訓が行なわれた。
松井の“仇敵”といわれたイチロー(現・ヤンキース)は、「自分のために時間を割いて尽くしてくれるコーチの言うことだけは信じたい」と言って、夜間練習にずっと付き合ってくれた河村健一郎(現・阪神二軍コーチ)の言葉だけは素直に聞いた。同じような気持ちが、松井にもあったに違いない。
そして何より大きいのは、松井が「今は何を言っても裏切り者と言われるかもしれない」と表現した“四面楚歌”のメジャー挑戦について、長嶋が「最後の後押し」をしてくれたことだ。
時間をかけて育て上げた松井を、長嶋が気持ち良く送り出したのには、理由があると思う。長嶋は昔から世界を股にかける人間が大好きだった。常に世界を意識していたからだ。
私がかつて少年誌の仕事をしていた頃のこと。「野球少年のために何か書いて下さい」とサインを頼むと、『世界を目指せ』と書いてくれたことがあった。もう40年も前の話である。
またある時、日米大学野球出場のために渡米を控えていた法政大の江川卓(元・巨人)と、同志社大の田尾安志(元・楽天監督)を連れて、長嶋邸に挨拶に行った。かつて長嶋の「運転手」をしていたという、異色の経歴を持つカメラマンの発案による“アポ無し”の訪問だ。しかし、長嶋は快く迎えてくれ、「頑張って日本のために戦ってこい」と言って、2人に餞別までくれた。中には「300ドル」が入っていた。
「やっぱり長嶋さんって凄い。家にいつも米ドル紙幣があるんだから」
江川たちがこう言って、変なところで感動していたのを思い出す。
日本のスーパースターでありながら、その枠にとらわれず、いつも世界に目を向けていた人だったからこそ、松井のメジャー行きの背を押したのだろう。
※週刊ポスト2013年5月24日号