4月8日、マーガレット・サッチャー元英首相が亡くなった。87歳だった。1990年代にサッチャー氏を直接取材している落合信彦氏が、その時の様子を振り返る。
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イギリス史上初の女性首相、20世紀以降の英首相で最長の在任期間(1979~1990年)、英国病の克服、フォークランド紛争の勝利サッチャー氏を讃える言葉や功績は挙げていけばきりがない。激動の時代を駆け抜けた20世紀屈指のリーダーであった。心から冥福をお祈りしたい。
私がサッチャー氏をインタビューしたのは首相退任直後の1991年だったが、今でもその日のことを鮮明に思い出せる。
取材会場はロンドンのホテル・クラリッジ。スウィート・ルームに彼女が現われた瞬間、部屋がパッと明るくなったような感覚だった。国際政治の第一線で戦い続けた人間だけが持つオーラがあった。数多くのVIPを取材してきたが、サッチャー氏のオーラは別格だった。
ソファーに腰掛けた後も、背筋はピンと伸びたまま。2時間半に及んだ取材の間、彼女の姿勢は崩れなかった。しかも、話をする時も聞く時も、質問者からまったく目を逸らさない。
私はジャーナリストなので、政治家が答えづらいことを聞くのが使命だ。この時も、ソ連崩壊の半年前というタイミングで、ソ連の内情について彼女が答えづらかったであろう質問をいくつも投げかけた。
普通の政治家であればそうした長時間の取材では集中力を切らせたり、答えをはぐらかしたい時に目を泳がせたりするものだが、サッチャー氏はそういった態度は見せなかった。彼女が卓越した集中力と確固たる信念を持つリーダーであることがわかる。
もちろんインタビューアーである私のほうも必死だった。質問は的確なものを投げ続けなければならないし、こちらも目を逸らせない。テーブルのホット・ティーに口をつけることも忘れ、質疑応答に夢中になっていた。私の額には汗が浮かんでいたのだと思う。
すると、1時間ほど経過した頃だっただろうか、サッチャー氏は微笑みながら「何か冷たい飲み物を持ってきてもらいましょうか」と語りかけてきた。
厳しい問いに答えながら、聞き手への心配りも忘れないサッチャー氏という人物の懐の深さを改めて実感し、心から尊敬の念を抱いたものだった。
※SAPIO2013年6月号