5月5日に国民栄誉賞を同時受賞した、長嶋茂雄氏(77)と松井秀喜氏(38)。スポーツライター・永谷脩氏が2人をめぐる秘話を綴る。(文中敬称略)
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まだ国際化が進む前の羽田空港の粗末な国際線ロビーで、長嶋とバッタリ会ったことがある。お互いに目的地はハワイ。長嶋は名球会のイベントのため、私は西武のV旅行に行っていた清原和博(元・オリックス)を取材するためだった。
当時、羽田には台北―東京―ホノルル―ロサンゼルスを結ぶ中華航空の定期便が、1日1便だけあった。ファーストクラスなどついていない。どうして海外に行くのに羽田なのかと聞くと、長嶋は屈託無くこう答えた。
「いやァ、旅慣れた人はチャイナですよ。成田は不便だから。いずれ必ず羽田も国際化の時代が来ますよ」
まるで今日のことを“予知”したかのような発言だった。長嶋には時折こうした言動があったが、松井に特に目をかけて指導したのも、いずれ国民栄誉賞を取るほどの男になると予知してのことだったのだろうか。
その時は色々な話をした。今でこそ、リハビリ中のためあまり公に姿を現わさない長嶋だが、声を掛ければいつも気さくに答えてくれる人だった。
「おお、清原の取材で海外ですか。いいアイデアですよ。日本じゃ、騒がれて時間もないでしょうからね。人がいない場所で訊ねるのが一番の取材方法だよね」
正直、選手の中には、相手のマスコミによって取材時に差別をしているように感じる者もいる。ただこうして取材者に理解を示し、まったく差別をしないのも長嶋と松井の共通点だった。
長嶋は、ともかく何を言われても書かれても、まったく怒ることがなかった。
「相手が書いていることを読んで、もう1人の自分がいると思えばいい」
と平然と言ってのけるのを聞いて、心の広い人だなァと思ったものだ。
松井も、質問の意図を説明すれば、どんな場面でもキチンと丁寧に答えてくれた。それに記憶力の凄さには驚かされた。質問者が対戦相手の投手名を憶えていないような場面でも、「あの○球目のストレートでしょう」なんて、配球までスラスラ答えていたのは舌を巻いた。その意味では、キチンと資料を用意していけば、取材のやりやすいタイプではあった。松井に対して、担当記者の間からも悪口が聞かれないのはこういう理由もあると思う。
※週刊ポスト2013年5月24日号