日本のアニメが大好きなベトナムの若い女性がメイドカフェをホーチミン市内にオープンさせた。オンボロアパートに突如開店したスイートな世界が早くも人気を集めている。(取材・文=フリーライター神田憲行)
* * *
ベトナム・ホーチミン市の繁華街から外れた、外国人観光客がまず足を運ばないような一角。古ぼけた、というよりオンボロアパートの薄暗いコンクリートの階段を登っていくと、いきなりミルキーなドアが目の前に現れた。まさかこんなところで本当に営業しているのかと開けてみると、噂に聞いていた通り、そこには「メイドカフェ」の世界が広がっていた。
店の名前は「The Other Person」という。
「オープンしたのは3月です。日本のジブリアニメに憧れて、ベトナムのアニメファンが集まれるような店を開きたかったんです」
というのは、オーナーのひとりであるベトナム人女性のグレイさん。金髪で細身のスタイル、キュートな女性だ。同市内に日本人が始めた「メイドカフェ」はあるが、ベトナム人が始めたカフェは恐らく初めてではないか。
グレイさんは22歳で、子どものころに親が買い与えてくれた日本アニメに夢中になったといい、「オタク」「ボーイズラブ(BL)」という言葉がぽんぽん飛び出す。
「日本ではジブリのアニメが好きです。現実世界の延長がファンタジーにつながっていくのがいい。最初から空想の世界だと面白くない」
ジブリの世界観をしっかり把握している当たり、さすがである。
店は1階が乙女チックな空間にメイドさんコスチュームのウエイトレスが担当し、ロフト形式の2階はグレイさんたち男装の「執事」がお相手をする形式になってる。内装は芸術大学に通っていたセンスを活かして、グレイさんの手作りだ。2階にはお手製のトトロの巨大な人形や猫バスを模したシート席まであった。
「働いているのは全て女性です。ベトナムのオタクファンは女性が多いので、その方がお客さんも来やすいと思ったから」
ちなみにグレイさんが着ている学生服のような制服も、日本のアニメからグレイさんがデザインを起こし、街の仕立屋さんで縫って貰ったというのだから恐れ入る。
訪問したのはオープンして2ヵ月の5月だったが、どこにも広告を出さず建物に看板すら出ていないのに、口コミで人気が広がり、取材中でもベトナムの高校生やアニメファンの女性でほぼ満員だった。
人気の秘密は日本のメイドカフエそっくりなところだけでなく、徹底したサービスにあるらしい。飲み物など注文に応じてポイントが加算され、レベル1の「マスター」からレベル10の「エンペラー」で、待遇が違ってくる。最高位のエンペラーになると好きなメイドさんを「自分専用」に出来て、店内で写真撮影も自由になる。ちなみに「専用」になるとそのメイドさんはお客の名前を書いたプレートを首輪のように下げる仕組みだ。いくらなんでもやり過ぎじゃないかと思うのだが、それがベトナムにおける「メイド精神」の理解なのだろうか、すでにエンペラーに達した常連客がいるらしい。
「本当のアニメファンに来て欲しいので、今はとくに宣伝もせず口コミでお客さんを集めています。日本のアニメファンなら、大歓迎ですよ」
グレイさん、貴女が日本の執事カフェで働いたら、「エンペラー」級のファンを獲得できると思います。