竹下正己弁護士の法律相談コーナー。今回は「受忍限度を超えた騒音で引っ越すのに、不動産屋へ違約金を払わなければいけないのか」という質問が寄せられた。
【質問】
隣の部屋の騒音が受忍限度を超えるほどうるさく、隣人とは深刻な問題に発展しそうなので、引っ越すことに決めました。しかし、不動産屋は賃貸の2年契約に満たず引っ越す場合、家賃1か月分の違約金を払えと通達してきたのです。違約金は納得できませんが、それでも払わなければいけませんか。
【回答】
誰もがひどいと感じる騒音を理由に拒否できる場合があります。
賃貸建物の貸主は、借主に対し、賃貸借の目的に従った使用ができるよう賃貸建物を維持管理する義務があります。住居の賃貸借は単に寝泊まりできればよいというものではなく、その住環境や家賃にふさわしい住まいの提供が債務になります。
もっともマンションやアパートのような集合住宅であれば、隣家や上下階の住民からの多少の騒音や振動は我慢しなければなりません。ですが、壁が薄く、社会通念上、受忍限度を逸脱するような騒音が発生し、その結果、平穏な日常生活が送れない状態なら、借主は建物を契約の目的に従って居住の用に供することができていないというほかありません。
この場合、貸主がそうした状況であることを知りながら、放置して何の対策も講じなかったとすれば、賃貸借契約上の義務の完全な履行を怠ったものとして、不完全履行という債務不履行責任を負い、借主は精神的苦痛を理由とした慰謝料の請求や家賃の減額が請求できます。
また、家主の債務不履行を理由に借主から賃貸借契約を解除できます。あなたの場合も、隣人へ苦情をいうだけでなく、家主や管理会社に騒音被害を申し出て、防止策を求めていたのに、彼らが何ら対策を取らなかったとすれば、不完全履行を理由に契約解除できたと思います。その場合、借主の期限前の任意の明け渡しではなく、家主の責任による契約の終了ですから、違約金の支払い義務はないのです。
しかし、家主にクレームをいわないまま退去の申し出をした場合には、騒音問題を知らない家主には対処を講じる機会はなかったのですから、債務不履行とはいえなくなります。迷惑な隣人がいるときには、早めに家主に相談することが大事です。
●竹下正己(たけした・まさみ)/1946年、大阪生まれ。東京大学法学部卒業。1971年、弁護士登録。
※週刊ポスト2013年5月24日号