O―111(腸管出血性大腸菌)による“ユッケ事件”に端を発し、いまやユッケやレバ刺しといった生肉を食すことが難しくなった。ところが、食肉が原因とされる食中毒患者は後を絶たない。
今年の4月以降も、広島、兵庫、福岡、千葉、宮崎など全国各地の飲食店で、利用した複数の客が下痢や発熱症状を訴える事例が続発した。いずれも検出されたのは、「カンピロバクター」という菌だ。一体どんな菌なのか。東京顕微鏡院理事で獣医学博士の伊藤武氏が解説する。
「鶏、牛、豚の腸管内をすみかとして、人に腸炎を起こさせる食中毒菌です。よく知られるサルモネラ菌など食中毒菌の多くが10万~100万個増殖してはじめて食中毒が発生するのに対し、カンピロバクターはたった数百個と少量でも食中毒を起こします。原因は食肉の加熱不足や、それを調理したまな板や手指を介しての二次汚染も疑われています」
そんな感染頻度の高さからか、カンピロバクター食中毒による患者数は一向に減る気配がない。
厚生労働省の統計によれば、毎年2000~3000人で推移。この数字だけ見てもノロウイルス患者の2倍以上になっているうえに、同省の研究班の中には軽症者も含めれば年間160万人以上の患者がいると推計するチームもあるというから驚きだ。
気になる症状は、下痢や発熱に加え、吐き気や頭痛など。通常は2~3日で快方に向かい、重篤事例は少ないというが、決して油断はできない。
「抵抗力の弱い小児や高齢者に血便が見られたり、まれに数週間してから手足に軽いしびれやマヒが起きたりすることもあります。こうした症状は大原麗子さんが患っていたことで知られる『ギラン・バレー症候群』と呼ばれ、重症の場合は筋力低下など長く後遺症に悩まされる可能性だって否定できません」(前出・伊藤氏)
伊藤氏によれば、原因菌を体外に排出させているため市販の下痢止めを飲み続けるのは、かえって症状を悪くさせる場合もあるという。また、小さな町医者に駆け込んでも発熱の症状から、風邪の引き始めやインフルエンザと誤診されるケースが多いので、食中毒が疑わしいときは、専門医院での受診を勧めている。
では、カンピロバクターによる食中毒に感染しないためには、どのような予防法があるのだろうか。
「まずは菌をつけない、増やさないが鉄則。家庭でも生肉は素手で取り扱わず、肉を切った包丁やまな板で他の食材を切ってはいけません。次に菌をやっつけるためには、十分な加熱がいちばん。カンピロバクターは中心温度75度で1分以上加熱すれば死滅します。焼き肉やハンバーグなどは中まで火を通したいところです。また、鶏肉のささみやレバーなどはさっと湯通しした程度では死滅しないので注意したいところです」(伊藤氏)
これから気温や湿度が上がる5~7月がカンピロバクター菌増殖のピーク。少しでも食中毒の感染リスクを減らすためには、家庭だけでなく、外食メニューの調理方法や選び方にも目を配りたいところだ。