高齢化社会を迎えた現在。病院の待合室が、高齢者で“満員御礼”となってしまうことも珍しくなく、医療費の政府負担も膨らむばかりだ。そんななか、麻生太郎・副総理兼財務大臣から、「70歳以上で、年に1回も通院しなかった人には10万円あげる」という、大胆な医療費削減案も飛び出した。
そもそも、「病院に通い続けることは、高齢者にとってもマイナスなのではないか」との指摘がある。
「治療する時、飲んでいる薬を確認するため『お薬手帳』を見ることがある。こんなに飲んでいるのかと思うほど薬漬けにされている患者さんが結構います。相当な負担だなと同情します」(都内の歯科医)
医療ジャーナリストの油井香代子氏が解説する。
「多くの医療機関では出来高制を採用しているので、処置や手術をすればするほど儲かる仕組みになっています。経営を考えれば、処置や手術、通院や薬の処方を多くした方が儲かることになります」
確かに病院関係者の中には、「高齢者はありがたい患者」と語る者がいた。高齢者は1人でいくつもの疾患を抱えていることがほとんど。多数の症病名をつけることができ、処方箋や、院内調剤の場合は多くの薬剤が出せるので、診療報酬の点数が稼げる。さらに高齢者を普段から多く受け入れている“実績”があれば、救急搬送の際に救急隊が優先してくれるそうで、そこでさらに点数が稼げるのだという。
だから医者は高齢者に優しくする。高齢者も優しさや話し相手を求めて病院へ行く。こうして、待合室が埋まるのである。
このスパイラルを止めるきっかけとなるかもしれない麻生提案だが、「10万円」にも根拠がある。前出の油井氏は、麻生氏の言葉にあった「予防」に注目、「彼の頭の中には、長野県のようなモデルケースがあったのではないか」と分析する。
長野は、予防医療に30年以上前から力を入れてきた自治体だ。その結果、「長寿日本一」でありながら、一人あたりの医療費は全国平均を大きく下回っており(全国平均44万5000円に対して42万9000円)、75歳以上では全国で4番目に低い。
「だから10万円の報奨金を支払ったとしても、70歳以上の人が病気にならないよう予防をすれば、医療費や患者数は大きく減る。これはこれまでの研究や調査で明らかです。予防医療の具体例としては、生活習慣病予防に加え、高齢者の死因のトップである『誤嚥性肺炎』を防ぐための、口腔ケアや歯科治療が挙げられます。ただ安易に10万円配って、高齢者に病院に来るなといえばいいというものではありません。その前には、具体的な予防医療や、セーフティネットの整備が不可欠です」(油井氏)
※週刊ポスト2013年5月24日号