作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が注目している春ドラマのひとつが、櫻井翔主演の「家族ゲーム」だ。どちらかといえば甘くて知的なイメージの櫻井の「笑い」がとにかく怖いのだという。
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「怖い怖い」と言いつつ、見入ってしまう。見終わると、体に力が入ってしまい肩が凝ってしまう。その「怖さ」ゆえに。その「不条理さ」ゆえに。
春ドラマの中で、突出した破壊力を感じさせてくれるのがフジテレビ系ドラマ「家族ゲーム」(水曜午後10時)です。繰り返し映画化・ドラマ化されてきた原作ですが、過去の作品とはまた一風違った、不気味なテイストに仕上がっています。今回の「家族ゲーム」のテーマは、一言で表せば「恐怖」にある。
櫻井翔演じる家庭教師・吉本荒野が、沼田家にやってくるところから物語はスタートします。沼田家は、外から見れば幸せそのもの。庭とガレージのある立派な一軒家に棲み、有名企業に勤める父に美しい母。優秀な兄弟。
しかし、その内実はボロボロ。浮気を隠している夫、人間不信に陥っている妻。万引き常習犯の勉学優秀な兄、いじめをうけて不登校になった弟。問題を抱える人々の集合体といっていい一家。その光と影の二面性を描く、というのはドラマによくある設定です。一見幸せな家族が、実のところ破綻していた、というのは常套手段。
しかし、この「家族ゲーム」というドラマの怖さは、別のところにある。すでに壊れかけている家族の中に、本物の破壊者・家庭教師の吉本が入ってくるのです。にやにやと笑いながら。
吉本の姿や挙動、表情はむしろコミカルですらある。ちっとも暗くない。重たくない。明るい表情のまま、「いいねえ~」とつぶやきながら、徹底的に人間の建前を叩き壊し、追いつめ、家族という枠組みを破壊していく。それが、怖い。「予定調和」や「常識」という枠組みが吉本の中には見あたらない。
「恐怖」と聞くと、私たちはすぐに直接的な暴力行為や血しぶきの飛び散るスプラッター、CG合成の怪物などを連想してしまいます。ところが、本当の恐怖とは大声を出さなくても、生首が飛ばなくても表現できる、ということに気づかされるのです。脚本、セリフ、役者の表情と演技力、演出力によって、血が流れなくても深遠なる恐怖を感じさせることは十分に可能だ、ということを。
それを象徴するのが、「いいねえ~」という吉本の決めゼリフ。にやっと笑いながら発せられる「いいねえ~」。その後は常に、人の精神を破壊するような行為が待っている。
櫻井くんの「いいねえ~」を耳にするたびに、条件反射のように背中がゾっとしてしまう。「ジャニーズ」「嵐」の櫻井くんのスウィートなイメージが、このドラマを境に、明らかに別の質に変わりました。
たった一時間弱の枠の中に、人間の矛盾と苦しみをぎゅっと結晶化するなんて。テレビドラマという制約された窮屈な枠組みの中で、いったいどこまで表現できるのか? もし、ドラマが「新しい世界との出会いと感動を与えてくれる」コンテンンツだとするならば、新しい恐怖世界との出会いを与えてくれている秀作と言えるのではないでしょうか。