古典や文学では、暗愚な統治者として、決まり切った描写をされる人物が幾人かいる。NHK大河ドラマでも、たびたびそういった歴史上の人物が登場してきた。みずから歴史番組の構成と司会を務める編集者・ライターの安田清人氏が、彼らは本当に愚かだったのかについて考察する。
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うつけ=愚かなこと。ぼんやりしていること。またそのような者。まぬけ。(『大辞泉』より)。
歴史上、「うつけ」と呼ばれる人物が何人か挙げられる。現代の価値観ではなかなかストレートには表現しづらい人物像だが、それが歴史上、重要な役割を果たした人物であるならば、歴史ドラマを描く上で避けて通るわけにはいかない。
1991年(平成3)に放送されたNHK大河ドラマ〈太平記〉に登場する、鎌倉幕府最後の当主である元執権・北条高時は、「うつけ」「暗愚の宰相」としてよく知られている。高時を演じたのは片岡鶴太郎。政治を顧みることなく、田楽や闘犬にうつつをぬかす高時の、狂気を孕んだ様子を好演し、性格俳優へと転身するきっかけとなった作品だ。
高時は本当に「うつけ」であったか。鎌倉幕府滅亡から20~30年後に成立した『太平記』や『保暦間記』には、「すこぶる亡気(うつけ)にて」と記されているが、同時代の史料にはこうした記述は見られず、確固たる証拠はない。しかも『太平記』などは鎌倉幕府を倒した足利尊氏を主人公とする物語だから、敵役の高時をことさら悪く書いた疑いもあるので、さて本当に「うつけ」だったかどうかは藪の中だ。
■安田清人(やすだ・きよひと)/1968年、福島県生まれ。月刊誌『歴史読本』編集者を経て、現在は編集プロダクション三猿舎代表。共著に『名家老とダメ家老』『世界の宗教 知れば知るほど』『時代考証学ことはじめ』など。BS11『歴史のもしも』の番組構成&司会を務めるなど、歴史に関わる仕事ならなんでもこなす。
※週刊ポスト2013年5月24日号