「商売上がったりだ。鶏をみんな殺されて生活にも困っている。政府のやり方には正直、頭にきている」
そう憤るのは上海最大の農水産物卸売市場である「上海農産品中心批発(卸売)市場」の家禽売りだ。4月以降の鳥インフルエンザの急速な感染拡大で、殺処分された鶏は15日現在、上海市だけで33万羽に上る。中国全土での被害総額は130億元(約2150億円=同日現在)に膨れ上がり、北京ダックにされる鴨などの家禽や飼料となる穀物の市場にも影響が及ぶ。鳥インフルエンザが拡大する中国で今、何が起きているのか? ジャーナリストの相馬勝氏がリポートする。
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飛行機が上海に到着する直前、機長から「上海の天候は晴れですが、スモッグが出ています」とアナウンスが流れた。上海虹橋空港を出ると、なるほど、どんよりした灰色の空が広がっていた。米国大使館の発表によると、この日のPM2.5(微小粒子状物質)の大気中濃度は197と汚染度は最高レベル。気温も30度を超え、「場所によって光化学スモッグが発生している」(現地駐在員)状態だ。
「大気汚染に加え水質汚染も深刻。先月には1万6000頭ものブタが黄埔江に浮かんでいたほか、鳥インフルエンザで市民は肉を食うこともできない。そのせいで野菜価格は1.5倍から2倍に上がった」と駐在員氏は嘆く。
さらに市民を不安にさせているのは、相も変わらず鳥インフルエンザの情報を隠そうとする市政府の態度だ。ブタが死んだ原因は「季節外れの寒波による凍死」と発表されているが、死骸の一部から「豚サーコウイルス」が検出された。3月初めに豚肉販売業者の男性が鳥インフルエンザに感染して死亡しており、ブタのウイルスと鳥インフルエンザに関連がある可能性も捨てきれない。不安は広がる。
2003年春に中国や香港などで8000人以上が感染して774人が死亡した「重症急性呼吸器症候群(SARS)」の被害拡大は中国政府の情報隠蔽が大きな要因だった。今回は習近平・国家主席や李克強・首相が自ら警戒を呼びかけるコメントを発表しており、情報公開の姿勢をアピールしたいようだが、市民の不信感は根強い。「上海市民は大気汚染がひどくてもマスクをしなかったが、朝夕の通勤時の地下鉄でマスク姿の市民が確実に多くなっている」と別の駐在員が声を潜める。
日系企業にも警戒感は広がっている。
「中国人の従業員から空気清浄機を置いてくれ、マスクを常備してくれなどの要望が出ているほか、パンデミックに備えて家族を帰国させる企業も出ている。中国政府がヒトからヒトへの感染を認めてからでは手遅れだからだ」
ある日系企業の現地代表はそう語り、「昨年来の反日デモと環境汚染、そこに鳥インフルエンザのパンデミックが現実になればトリプルパンチで、中国撤退を決断する可能性も出てくる」と明かした。対日関係に詳しい復旦大学の馮教授はこう指摘する。
「習主席らのコメントは海外企業向けの意味が強い。特に、共産党政権は昨年来の反日デモの暴徒化を抑えられなかったことを重視し、日本にかなり気を遣う一方で、日系企業の中国撤退の動きに敏感だ」
※SAPIO2013年6月号