マーケットが約6800億円の冷凍食品市場で、いま一番売れている商品が何かご存じだろうか。単独での売り上げが100億円超! 改善点を見いだすことすら難しかったガリバー商品「冷凍ギョーザ」のイノベーションの舞台裏に迫る。
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味の素の冷凍『ギョーザ』が産声を上げたのは1972年。それから約40年間にわたり、右肩上がりの成長を遂げてきた超ロングセラー商品だ。1997年には油を引かずに焼ける画期的な技術も導入された。
「美味しい」「最高」「大好き」──。消費者から寄せられる声は絶賛の嵐。メーカーの思いと消費者の認識にズレが生じる「ニーズギャップ」もほとんどない、自他共に認める「完璧商品」だった。
2010年、この商品開発部署に異動してきた稲垣英資は『クックドゥ』の姉妹ブランド『パスタドゥ』などの部署を経験していたが、「冷凍」事業を手がけるのは初めてだった。
転機はすぐに訪れる。生産をしている全国の3工場の担当者が一堂に会する会議の場。
「ギョーザの皮に含まれる水分の比率について、それぞれの工場で小数点以下の単位について激論を交わしていたのです」
その議論を聞きながら稲垣は思った。
「調理の際には水を入れるわけだから、小数点以下の比率を延々と討論する意味があるのだろうか──」
稲垣は消費者に普段使っているフライパンなどの調理用具を持ち寄ってもらって実際に調理をしてもらう調査を始める。消費者がどのように調理しているのかを確認したかったのだ。
その結果、驚くべきことがわかった。水量は目分量。レシピ通りしっかりと計って投入する人の方が少ないくらい。調理の途中でひっくり返したりこねくり回したり、中には電子レンジで解凍してからフライパンに置く人も現われた。
「それでも焼けたギョーザはそれなりに美味しく食べられる。しかし我々の狙った最高に美味しいギョーザを味わってほしいんです」
調査結果を検証するミーティングで、誰ともなく「水なしで調理できたらいいですね―」という発言が飛び出した。そんなことができれば確かに便利だが、できるはずがない―。
そんな稲垣の元に商品開発現場から「見てほしいものがあります」と声をかけてきたのが2011年10月。さっそく開発現場へ行ってみると、ギョーザがフライパンに取り出された。しかしよく見るとそのギョーザ、フライパンと接する底がいつもよりも分厚い。担当者によれば、その部分にギョーザを美味しく焼くために適量の水分を含めたという。
稲垣はそれでも疑っていたが、フライパンを火にかけ焼き始めるとおよそ5分後にはギョーザがしっかりと焼けた。しかも、周辺には見事なぱりぱりの羽根ができている。
「常識を覆した商品だ。しかも12個でも1個でも同じように美味しく焼ける」
しかし社内には心配をする声も少なくなかった。年間100億円も売る商品をリニューアルすれば、従来のファンが離れていかないか──。しかし稲垣は敢えて挑戦に出た。かくして水も油もいらない冷凍ギョーザが完成。リニューアル後、新規ユーザーが増えたという調査結果も出た。
■取材・構成/中沢雄二(文中敬称略)
※週刊ポスト2013年5月31日号