1ドル=100円をあっさり突破し、その後も進む円安傾向。「明るい兆し」「(金融緩和の)効果を感じる」──大手メディアがアベノミクス礼賛に終始するなか、礫(つぶて)のような一言を発したのがスズキの鈴木修会長(83)だった。自動車業界最長老の発言が意図するものはなにか。
5月9日に開かれた3月期決算発表会。居並ぶ経済部記者を前にして、鈴木会長は声を強めた。「おい、大丈夫かと言いたいくらいの円安ですね──」
名物経営者の箴言が経済界に波紋を広げている。鈴木会長といえば、「30分の会見で3回は記者を沸かせる」(経済部記者)というオサム節で知られる。1981年GMとの提携会見では、スズキはGMに飲み込まれるのではないかとの質問に対して、「GMは鯨、スズキは蚊。鯨に飲み込まれずに高く舞い上がれる」。
2011年、独フォルクスワーゲンとの提携解消会見では、「互いに揚げ足を取るより、にっこり笑って別れるのが一番いい。あまり事実関係を言うと品が下がる」と語り、日本の経営者の矜持を示した。
ただし、鈴木会長の言葉に皆が耳を傾ける理由はユーモアのみにあらず。「勘ピューター」とも評される先見性を誰もが知っているからである。
古くは1979年、ホンダとヤマハ発動機が二輪車競争を激化させることをいち早く察知。自社の二輪車在庫を大幅圧縮し、過当競争を回避した。米サブプライムローンが問題化し始めた2007年にも、事前に1000億円分の在庫を減らし、その後のリーマン・ショックを切り抜けた。では今回、鈴木会長が「おい、大丈夫か」と円安を案ずるにはいかなる背景があるのか。
実は、円安によって、同社の経営状況が悪化しているという話ではない。同社の2013年3月期決算は絶好調。売上高は前年同期比で2.6%増の2兆5783億円。当期純利益は49.2%増の804億円で過去最高益だ。発言には続きがあった。
「この3年間なり5年間の傾向の中で、現地生産を増やすということで設備投資を、タイとかインドネシアでやりましたが、にわかに円安になったから“戻せ、返せ”といっても(編集部注・安倍政権が製造業に国内回帰を呼びかけていること)、そんな簡単に戻るわけではありません。ということと同時に長期的に見れば、現地生産の方向は間違っていないと思っています」
ここ数年、スズキは生産拠点と販売のマーケットを、先進国からインドやインドネシアといった新興国へとシフトしてきた。米国市場からは昨年のうちに四輪は撤退済み。だから、どれだけ円安ドル高が進んでも、インドのルピー、インドネシアのルピアに対しての円相場に変化がなければ、影響はほとんど受けない。
実際、自動車業界が円安ドル高に沸くなか、スズキは為替でマイナス69億円の減益を計上。それでも最高益を叩き出したことはスズキの新興国ビジネスが軌道に乗ったことを如実に示している。鈴木発言の真意を、氏を長く取材してきた経済ジャーナリストの永井隆氏が推察する。
「長年のビジネス経験の勘が働いて、現在の異常なる為替相場に危険信号を発しているのでしょう。やはりリーマン・ショック前の水準(110円台)に戻って5年も6年も定着するとはにわかに信じがたい。目先の為替変動だけで一喜一憂するのは“愚の骨頂”と考えているのでしょう」
為替の変動に業績が左右されるようでは、今後のグローバルマーケットでは立ち行かなくなることを鈴木会長は示唆しているのだ。
※週刊ポスト2013年6月7日号