作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏は最近、水曜夜にある悩みを抱えているという。どっちを録るか、という話である。
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競争は、より品質の高い商品を生み出す。それは普遍的な事実。「競うから励みが生ずるのである」。実業家・渋沢栄一の言葉です。
この言葉、テレビドラマにもあてはまる。「水曜日午後10時」という同じ時刻に、『家族ゲーム』(フジテレビ系)と『雲の階段』(日テレ系)、二本のドラマが競いあっています。競争相手がいるからこそ制作の現場も熱気を帯びる。力が入る。
「どっちのドラマをオンタイムで見るか、いまだに迷っています」という声も聞かれます。視聴率で比較してしまえば軍配は明らかですが、録画視聴も増えている昨今、そんなオールドな数字だけでドラマの質を測るのは失礼、というもの。
まず、『家族ゲーム』。その魅力については、この「NEWSポストセブン」のコラムで私自身もたっぷりと書かせていただきました。嵐の櫻井翔くんが、見たこともない奔放ブラックぶりを披露し、一風変わった破壊的家庭ドラマに仕上がっています。
その同時刻に対抗しているのが、『雲の階段』。こちらもじわじわと熱い支持が広がり、コアなファンが増殖中です。それは、メロドラマ風BGMが全編に響きわたる異世界。内向的で伏し目がち、シリアスな表情の長谷川博己がニセ医者を熱演しています。
運命に翻弄されまくる、わけありの男。絡み合う女性関係、名誉欲と権力欲。渡辺淳一センセイお得意のドロドロ医療ものワールド。
主人公は、ニセ医者の身分でありつつも、大病院の婿養子に入り、セレブへの階段を一つ一つ上っていく。一見、自分の意志で人生を切り拓いていくようでいて、実は大きな見えない力に翻弄されている。その「翻弄されぶり」が、長谷川博己という役者に、実にフィットしているのです。
「長谷川くんが華奢ではかなげで、男の色気を感じちゃう」
「子ウサギのような優男を運命がいじり回す、ちょっとサディスティックな雰囲気がいいんです」
「男優さんなのに、手と指がきれいすぎて見とれる」
「昼ドラ的コテコテ感がいい味を出している」
「ストーリーの御都合主義に苦笑しつつも、長谷川君のガンバリと成長ぶりに声援を送りたくなる」
視聴者の感想を見ると、変化球の誉め言葉がいくつも見つかります。おそらく、コテコテの昼メロ調サスペスンドラマにどっと没入して楽しむ、という視聴スタイルだけではなく、そうした「古風な枠組み」を、長谷川くんや制作陣がいかに料理して出してくるのか、お手並み拝見という、ちょっと斜めからの楽しみ方の人も多いのかも。
「かつてなら長谷川博己の役は、風間杜夫か三浦友和」という指摘もありました。実に的確ですね。主人公のニセ医者を、「いかにも」な役者ではなく、「長谷川博己」が演じるからこそ妙な味が出てくる。古色蒼然とした医療ドラマからはみ出す、今様ドラマに仕上がっているのもそのあたりにヒントがありそう。
「ヒリヒリ」感。それが長谷川くんの魅力。存在そのものがフラジャイル。傷つきやすい。壊れやすい。立ち位置がどこか定まらず、強い風が吹くとフラフラしそう。ガラスの質感を纏った役者。そんなフラジャイル感は、断片化する今の時代の雰囲気とも、響きあう。
長谷川くんが、「医者というよりホストっぽい」という批判もありましたが、その通りです。ホストが医者をやる、という転倒ぶりが見所であり、微妙なゆらぎ感を生み出す源。
はてさて、あなたなら『家族ゲーム』と『雲の階段』、どっちを「生-オンタイム」で見ますか? どっちを録画にします? ドラマ好きにとっては引き裂かれるような、身もだえするような嬉しい悩みです。