それは異様な光景だった。夏の甲子園の予選とは直結しない関東大会1回戦(5月19日)。それも会場は首都圏の外れに位置する栃木県宇都宮市の清原球場である。にもかかわらず、1万500人の観衆が集い、ネット裏にはスピードガンを持つ日米13球団のスカウトが陣取った。
お目当ては昨夏の甲子園で一躍大フィーバーの松井裕樹(桐光学園)、そして彼が織りなす“奪三振ショー”である。
甲子園では大会記録の1試合22奪三振(今治西戦)を記録して、4試合36イニングの奪三振率(1試合完投したと仮定した場合の平均奪三振数)は驚異の17.00。延長までもつれたこの試合でも18三振(12回3失点、168球)を奪った。
セ・リーグの某球団のスカウトが心配そうにいう。
「監督も延長まで投げさせなくてもいいのに……。三振がとれるから、当然、球数が多くなる。松井君の肩が心配ですよ。とにかく無事に夏の甲子園を終えて、早くプロの世界に入ってきてほしい」
早くも、“ドクターK”と呼ばれる松井の最大の武器は、スライダーである。相手打者のベルトラインよりも低い位置にコントロールされ、手元で鋭く落ちる。
昨夏の甲子園、22三振を奪われた今治西の選手たちは「(スライダーは)消える」との感想をもらしていた。
スライダーの球速は120キロ台後半と特別速いわけではない。しかし、松井は変化球を投げても腕の振りが変わらないため、打者は直球との見分けがつかないのだという。「あの球は、今すぐにでもプロに通用する」と語るのは、数多くの剛腕投手の球を受けてきた“流しのブルペンキャッチャー”ことスポーツライターの安倍昌彦氏である。
「既に、松坂(大輔)と同レベルのスライダーですよ。松坂が鋭く横に曲がる球なら、松井はタテにガッと曲がり落ちるスライダーです。彼の場合、投球フォームも強みですよね。ぎりぎりまで体を開かないでグっと力を溜めて、体の左右を切り返して一気に投じる。バッターからすれば、球の離れ際が見えづらい。そのフォームから投げられる“消える”スライダー。これほど三振がとれる球はありませんよ」
スライダーのキレといい、速球の球威といい、田中将大(楽天)をサウスポーにしたような投手だと安倍氏はいう。
「操る球種はカーブ、フォーク、スライダー、チェンジアップ、ストレートの5種。マウンド度胸もいいし、いますぐ12、13勝はできるでしょう」
高校卒業後の進路について、松井は態度を明らかにしていない。「大学進学も検討しているそうですが、絶対プロにいくべきです」と安倍氏は太鼓判を押す。
※週刊ポスト2013年6月7日号