また「貰い過ぎ」批判が噴出するのだろうか――。上場企業で年収1億円以上を受け取った役員の氏名や報酬額を開示するよう義務付けられてから4年が経つ。
2012年3月期決算では、カシオ計算機の樫尾俊雄・元会長(故人)の13億3300万円を筆頭に、日産自動車のカルロス・ゴーン社長(9億8700万円)やフジプレミアムの松本実蔵会長(8億5000万円)など、計295人の“オーバー1億円役員”の存在が明らかになった。
今年度はアベノミクスによる景況感の高まりや、円安傾向で輸出企業の業績回復が鮮明になっていることもあり、各社で役員報酬のさらなる上積みが予想される。さっそくトヨタ自動車は取締役13人の役員報酬・賞与の総額を前年より約3割多い12億8000万円とすることを発表。1人あたりに換算すると、前年比2.2倍の9846万円となる。
しかし、「日本の企業トップの役員報酬は、まだまだ低い」と分析するのは、人事・賃金コンサルティングを手掛ける賃金管理研究所の取締役副所長、大槻幸雄氏だ。
「日本企業はプロパーから昇格・昇進して役員になる人が多いので、従業員の延長線上で役員報酬も決まります。そのため、極端に高い報酬を貰いにくいのです。1人数億円という報酬で有能な人材をヘッドハンティングして経営幹部に据える欧米企業の水準とは明らかに違います」
同研究所が5月10日に発表した『社長・重役の報酬・賞与・年収額の実態(2012年)』でも、大槻氏の解説を裏付ける結果が出た。役員報酬の代表的な指標である社長の年収額は、上場企業の平均(賞与ゼロも含め)で約5451万円。ここ3年間はほぼ横ばいで推移しており、じつに64.3%が社内から昇進した社長だった。
金額の多寡のみならず、報酬の内訳を見直す時期に来ているのも確かだろう。人事ジャーナリストの溝上憲文氏がいう。
「退職慰労金も含めて日本企業の役員報酬は7割以上が業績と連動しない基本給です。つまり任期中にあまり頑張らなくても決まった報酬がもらえるため、業績に対する責任が希薄なのです。逆に業績連動分が大きい欧米企業並みに賞与やストックオプションの比率を高めると、当然ながら事業に失敗すれば報酬が激減する。誰もそのリスクを負いたくないから、報酬制度も変わっていかないのです」
経営学者の中には、株価連動の報酬をより多様化させ、経営者に事業リスクを取らせる仕組みにすべきだとの声もあるが、それも行き過ぎれば「目先の利益さえ上がればいいという考えに陥ってしまう」(大手電機メーカーの人事担当者)危険がある。
そうこうしているうちに、成果報酬型の欧米企業との給与格差はますます広がっている。
「日本のグローバル企業の中には、低い報酬体系をそのまま現地の役員に適用したため、有能な人材を欧米のライバル企業に引き抜かれた例はたくさんあります。そのため、海外部門の担当役員だけ突出して報酬を上げざるを得ない傾向にあります」(前出・溝上氏)
では、日本企業はこの先どうやって役員のインセンティブを高めていくのか。溝上氏は「最終的には固定報酬を7割から5割程度に引き下げ、残りとプラスアルファ部分を業績連動やグローバル基準に合わせた形で調整するしかない」と話す。
賃金管理研究所の大槻氏も、短期・中期・長期とさまざまなスパンでステークホルダーに見えやすいように業績連動報酬を高めていくべきとした上で、こう補足する。
「上場企業の役員にとってのインセンティブは、何千人、何万人という社員の中から激しい社内競争を勝ち上がった『選びに選ばれた人材』だというモチベーションです。その責任の重さも含めた報酬だと考えれば、本人のプライドを満たすそれなりの金額がもらえる仕組みに是正するのは間違った方向ではありません」
1億円超の役員報酬を開示している企業は、まずは金額の算定根拠を示さなければ理解も得られないだろう。