【書評】『天翔る』村上由佳/講談社/1680円
【評者】内山はるか(SHIBUYA TSUTAYA)
村山由佳さんといえば直木賞をはじめさまざまな文学賞を受賞、代表作も多数。構想10年という本書は、新たな村山さんの代表作になること間違いないだろう。
舞台は北海道の牧場。父娘ふたり暮らしの11才の少女、まりも。学校でのいじめや最愛の父の死がきっかけで、不登校になってしまう。札幌で看護師をする貴子。年少期の心の傷を引きずり、男性恐怖症のため恋愛することを半ばあきらめて生きている。このふたりが出会い、やがて牧場に通うようになる。ふたりとも馬に乗っているときだけは、自由で心穏やかになれるのだ。その牧場のオーナー、志渡。彼もまた心に闇を抱えて生きている。
エンデュランスと呼ばれる乗馬耐久競技をご存じのかたは少ないかもしれない。私も本作を読んで初めて知った。野山…野山というか過酷な断崖絶壁を人馬ともに制限時間内(海外で主流なのは160kmを24時間以内)に走破するという大変ハードな競技なのである。しかも、馬に負担を掛けすぎても失格になってしまうルールがあるので、ただ速く走ればいいというものでもない。
しかし、日本ではまだまだマイナーで発展途上の競技というのが現状らしい。まりもはこのエンデュランスに出合い参戦することとなる。参戦を通し3人が互いに励まし、癒され信頼しあい、かけがえのない関係を築いていく。生と死を残酷なまでに突き付けられる少女。少女の祈り、希望は天に届くのか? 喪失と再生を繰り返し成長していく姿、そして生きることに前向きになっていく姿が鮮やかに描かれている。
人馬一体となり競技に挑む姿、馬の美しさ、優雅さに心痺れる。主人公まりもが最初に馬に魅せられる競馬のレースシーンもあまりにかっこよくて鳥肌が立ってしまった。
陽光に照らされて輝く毛並、無駄のない体躯、あの理知的な瞳、想像するだけで涙が出そうになる。参戦馬サイファへのまりもの想い、それに応えているだろうサイファの姿。少女と馬の絆、まりもの健気な心に何度も涙した。
物語にどんどん引き込まれ、読み終えてしまうのが寂しく惜しみながら読み、読後、深い深い感動の渦に呑み込まれしばし帰って来られなかった。こんなに素晴らしい小説に出合えて嬉しく思うばかりだ。
※女性セブン2013年6月13日号