芸能

〈平清盛〉の「王家」批判は同調圧力によるヒステリックな反応

 松山ケンイチが主演したNHK大河ドラマ『平清盛』は、そのなかで「王家」という言葉を使ったがために、激しい批判や論争を巻き起こした。なぜ「王家」という表現を使用し、あの騒動の中身はいったい何だったのか。 みずから歴史番組の構成と司会を務める編集者・ライターの安田清人氏が、「王家」論争について解説する。

 * * *
 時代劇を製作する際、架空の登場人物にリアリティをもたせるために古文書を「創作」することがある。ときに、言葉や概念といった曖昧で面倒なものを「創作」しなければならない局面もあり、それが厄介な事態を招くこともある。

 まだ記憶に新しいところだが、2012年のNHK大河ドラマ〈平清盛〉は、放送開始当初からさまざまな物議をかもした。

 画面が暗くて見づらい、平家の人物の名前が似たような名前ばかりでわかりづらい──といった、表層的な批判は取るに足らないが、激しい批判や論争を巻き起こしたのが「王家」という言葉だった。
 
 これは現在でいうところの「天皇家」「皇室」に相当する表現だが、この「王家」が皇室を貶めるものであるとして、番組製作スタッフや時代考証の担当者に激しい非難の言葉が寄せられた。いわく、皇帝と天皇は同格だが、「王」はその下位に位置づけられる。天皇をことさらに「王」と呼ばわるのは皇室や日本の伝統に対して悪意を抱いているからだ、と。

 時代考証を担当した本郷和人さん(東京大学史料編纂所教授)は、番組へのコミットを契機として執筆した著書『謎とき平清盛』(文春新書)のなかで、この「天皇の家」をなんと表現するかについて、番組スタッフの間で議論があったことを紹介している。

 そして、当時は「天皇家」も「皇室」も、さらには「王家」も使われていなかったという「事実」を述べ、そもそも天皇や、退位した天皇である上皇(院)、皇太子などをひとまとめにして「ファミリー」と考える概念自体がなかったと解説している。
 
 朝廷という言葉もあるが、これは天皇を頂点とする政治システム、あるいはその政治の「場」のことを指すので、「天皇の家」を指す言葉としてはふさわしくない。

 ところがドラマ〈平清盛〉は、武家の棟梁である平氏の御曹司=清盛が、実は白河法皇という「天皇の家」のトップの落胤だったという葛藤を抱えながらも、天皇や院、そして貴族たちに唯々諾々として従う「王家の犬」から脱却して、新たな時代を切り開いてゆく姿を描くところに重要なポイントがあった。

 清盛や平氏と「天皇の家」との微妙な関係を描きこむために、なんとかして違和感の少ない言葉、誤解を与えない言葉で「天皇の家」を表現したい。そこで、現代の歴史学者が学問上の用語として使用する「王家」を採用したと、本郷さんは丁寧に解説している。

「王家」や「王権」は、歴史的存在としての天皇や天皇の権力を学術的に分析・検討するにあたり、他の民族の「王」とフラットな比較を可能とするために使われる用語=概念であり、現在の皇室に対する敬意の有無などとは関係ない。

 本来、歴史的には表現のしようがない概念を物語のなかで使用するために、本郷さんや番組スタッフはいわば「苦肉の策」として、「王家」を採用した。しかも、時代考証担当者自身が説明責任も果たしているのだ。

「王家」批判の大半は、ドラマ〈平清盛〉への批判が盛り上がっているという「雰囲気」と、それを真に受けた同調圧力が引き起こしたヒステリックな反応だったように思われるが、物語にリアリティを持たせるための時代考証という営みが、こうした批判にさらされたという事実は忘れることができない。

■安田清人(やすだ・きよひと)/1968年、福島県生まれ。月刊誌『歴史読本』編集者を経て、現在は編集プロダクション三猿舎代表。共著に『名家老とダメ家老』『世界の宗教 知れば知るほど』『時代考証学ことはじめ』など。BS11『歴史のもしも』の番組構成&司会を務めるなど、歴史に関わる仕事ならなんでもこなす。

※週刊ポスト2013年6月14日号

関連記事

トピックス

財務省の「隠された不祥事リスト」を入手(時事通信フォト)
《スクープ公開》財務省「隠された不祥事リスト」入手 過去1年の間にも警察から遺失物を詐取しようとした大阪税関職員、神戸税関の職員はアワビを“密漁”、500万円貸付け受け「利益供与」で処分
週刊ポスト
世界中でセレブら感度の高い人たちに流行中のアスレジャーファッション(左・日本のアスレジャーブランド「RUELLE」のInstagramより、右・Backgrid/アフロ)
《広瀬すずもピッタリスパッツを普段着で…》「カタチが見える服」と賛否両論の“アスレジャー”が日本でも流行の兆し、専門家は「新しいラグジュアリーという捉え方も」と解説
NEWSポストセブン
取締役の辞任を発表したフジ・メディア・ホールディングスとフジテレビ(共同通信社)
《辞任したフジ女性役員に「不適切経費問題」を直撃》社員からは疑問の声が噴出、フジは「ガバナンスの強化を図ってまいります」と回答
NEWSポストセブン
子宮体がんだったことを明かしたタレントの山瀬まみ
《“もう言葉を話すことはない”と医師が宣告》山瀬まみ「子宮体がん」「脳梗塞」からの復帰を支えた俳優・中上雅巳との夫婦同伴姿
NEWSポストセブン
愛子さま(写真/共同通信社)
《12月1日がお誕生日》愛子さま、愛に包まれた24年 お宮参り、運動会、木登り、演奏会、運動会…これまでの歩み 
女性セブン
海外セレブの間では「アスレジャー
というファッションジャンルが流行(画像は日本のアスレジャーブランド、RUELLEのInstagramより)
《ぴったりレギンスで街歩き》外国人旅行者の“アスレジャー”ファッションに注意喚起〈多くの国では日常着として定着しているが、日本はそうではない〉
NEWSポストセブン
虐待があった田川市・松原保育園
《保育士10人が幼児を虐待》「麗奈は家で毎日泣いてた。追い詰められて…」逮捕された女性保育士(25)の夫が訴えた“園の職場環境”「ベテランがみんな辞めて頼れる人がおらんくなった」【福岡県田川市】
NEWSポストセブン
【複雑極まりない事情】元・貴景勝の湊川親方が常盤山部屋を継承へ 「複数の裏方が別の部屋へ移る」のはなぜ? 力士・スタッフに複数のルーツが混在…出羽海一門による裏方囲い込み説も
【複雑極まりない事情】元・貴景勝の湊川親方が常盤山部屋を継承へ 「複数の裏方が別の部屋へ移る」のはなぜ? 力士・スタッフに複数のルーツが混在…出羽海一門による裏方囲い込み説も
NEWSポストセブン
アスレジャースタイルで渋谷を歩く女性に街頭インタビュー(左はGettyImages、右はインタビューに応じた現役女子大生のユウコさん提供)
「同級生に笑われたこともある」現役女子大生(19)が「全身レギンス姿」で大学に通う理由…「海外ではだらしないとされる体型でも隠すことはない」日本に「アスレジャー」は定着するのか【海外で議論も】
NEWSポストセブン
中山美穂さんが亡くなってから1周忌が経とうとしている
《逝去から1年…いまだに叶わない墓参り》中山美穂さんが苦手にしていた意外な仕事「収録後に泣いて落ち込んでいました…」元事務所社長が明かした素顔
NEWSポストセブン
イギリス出身のインフルエンサー、ボニー・ブルー(Instagramより)(Instagramより)
《俺のカラダにサインして!》お騒がせ金髪美女インフルエンサー(26)のバスが若い男性グループから襲撃被害、本人不在でも“警備員追加”の大混乱に
NEWSポストセブン
(左から)中畑清氏、江本孟紀氏、達川光男氏の人気座談会(撮影/山崎力夫)
【江本孟紀・中畑清・達川光男座談会1】阪神・日本シリーズ敗退の原因を分析 「2戦目の先発起用が勝敗を分けた」 中畑氏は絶不調だった大山悠輔に厳しい一言
週刊ポスト