気づくと夜は明けていた。午前6時半、六本木。胸騒ぎがした。やっぱり──。4万円入っていた財布の中身は空っぽ。カード会社に問い合わせると25万4400円もの額がクレジットで支払われていた。泥酔しても一晩でこんな大金を使う勇気は俺にない。
昨晩、俺は編集部の依頼を受け六本木を取材していた。編集者からの依頼は、深夜の六本木を徘徊する客引きに付いていったらどうなるか取材してください、だって。「自分でやれ」と思いつつ嫌々足を運んだのだが。
「アニキ! 一時間3000円ヨ、かわいい子ばかりダヨ」
外国人の客引きに声をかけられたのは覚えている。だが雑居ビルのクラブで一杯呑んでからの記憶が薄れるのだ。俺はカード記録を照会した。
23時56分=3万6700円/2時25分=5万2700円/3時10分=16万5000円
ん? 最後の16万って何だ! カード会社に調査を依頼すると、最初の2回は六本木の同じクラブで最後が新宿歌舞伎町の謎の飲食店。2時25分に六本木で、45分後の3時10分に新宿で16万5000円も会計するなんて我ながら仕事が早い。てか、俺は本当に新宿に行ったのか?
カード会社のセキュリティ担当者によればカードを読み込む端末を新宿から六本木にもってくればこの手の芸当が可能だとか。店の正しい所在地は売り上げ伝票がカード会社に届くまで一月待つ必要がある。その間に記憶は薄れ、後から苦情をいっても「自分で高級酒を頼んだ」といわれればそれまでだ。つまり、六本木と新宿はグル、そして俺はおそらく新宿に行っていない。記憶がないのは睡眠薬でも飲まされたのだろうか。
これが噂の半グレ集団。カード会社に調べてもらった店をネットで調べると六本木のクラブからはボッタクリの噂が続々。新宿に関しては番号も見つからない。俺の記者魂に火が付いた。
「おたく、ぼったくりすよね?」
俺はその日から毎日、六本木の店に電話した。文句あるなら店に来い、と相手は声を荒らげる。でも、俺もめげずに何度も電話する。「警察にいいますよ」。
5日目。高圧的だった相手も次第に折れてくるのがわかる。とりあえず店で話し合いを持ちましょう、と。分かった、と俺。
いよいよ半グレ集団との対決の日が来た。店に向かう前にカード会社に電話。これからお金を取り戻しに行きますが、何かあったらよろしく、と俺。すると担当者は「危ないから絶対にやめてください。うちで救済措置をとりますから」。
なんでもカード会社にはカード詐欺によって被害を被った消費者を救済する義務があるのだという。今回のケースはただちに犯罪と認定され被害額の半分以上を会社がもってくれ、実質被害額は8万円まで下がった。
担当者からは「もう飲み過ぎて知らない人についていかないでくださいね」とやさしくご注意。おっしゃる通り、もう危ない橋は渡りません。
ただし俺の不始末でカード会社も被害者となってしまった。半グレに屈してしまった感は否めない。それにしても危険な仕事を押しつけた編集者にはどう落とし前をつけてもらおうか。
※週刊ポスト2013年6月21日号