【書評】『夢を売る男』/百田尚樹・著/太田出版/1470円
【評者】福田ますみ(フリーライター)
村上春樹ほどではないが、自分にはもしかしたら小説を書く才能があるかもしれない。そう思う人は意外に多いらしい。なぜならだれもが日本語が書けるからだ。
主人公の編集者・牛河原勘治は後輩の編集者に、「世界中のインターネットのブログで、いちばん多く使われている言葉は日本語だ」と明かし、「日本人は世界で一番自己表現したい民族だ」と断言する。
そんな自意識過剰な人々に、「あなたの本を出しませんか?」という殺し文句を、耳元で甘く優しく囁くのが牛河原の仕事。編集者は編集者でも、彼は自費出版社の編集者だ。
普通の出版社にとってのお客様は本を買ってくれる読者だが、自費出版社のお客様は本を出す著者自身。箸にも棒にもかからない原稿をほめちぎって150万円とか200万円とかの大金を吐き出させ、本という体裁を作って一丁上がり。
詐欺まがい? いやいや、辣腕編集者・牛河原は、「俺たちの仕事は客に夢を売る仕事だ」と胸を張る。著者はいっとき作家気分を味わい、ベストセラーになるかもしれないという夢を見られる。「心の満足を与えれば、金銭的な損得は関係ない。皆が納得する」と言うのだ。まあ実態は、「夢を売る仕事」というより、「人の夢を食い物にしている仕事」に近いが。
牛河原の仕掛ける罠に引っかかる有象無象は実に多い。スティーブ・ジョブスのようにビッグになりたいフリーター男は、牛河原の褒め殺しに乗せられて初めての小説を書き始める。ばかなママ友たちを見返してやろうと、牛河原の勤める丸栄社の賞に応募した主婦は、「大賞は逃したがすばらしい作品だ。出版したかったが…」といかにも残念そうな牛河原に、200万円出すから出版してほしいと懇願する。
牛河原の天才的な(?)手腕によって丸栄社は急成長するが、まもなく、同社よりもっとあこぎなやり方でのし上がったライバルの狼煙舎が同社を脅かす存在となる。そこで、狼煙舎を叩きつぶすために牛河原が考えついた策略とは?
現代人の膨れ上がった自意識と虚栄心を描いて終始、ブラックな笑いに包まれる本作だが、最後のオチはちょっと意外だ。どうせなら、全編ブラックで通してほしかったと思うのはわがままか。
※女性セブン2013年6月20日号