中国人ツアーガイドが、ツアー客に大声で問いかける。
「西沙諸島はどこの国の領土ですかー?」「中国です!」
「黄岩島はどこの国の領土?」「中国です!」
「日本はどこの国の領土?」「中国です!」
ツアー客たちは拍手喝采で笑い転げた──。今年4月末、中国南部の海南島を出発する、あるクルーズツアーが始まった。行き先は南シナ海に浮かぶサンゴ礁の島々、西沙(パラセル)諸島。美しい南の島への旅だが、ツアー客からはただならぬ興奮が伝わる。
ツアーは、申込みの時から異様だった。参加できるのは、中国国籍を持つ「中国公民」のみ。日本人などの外国人は当然のこと、香港籍や台湾籍でも参加できない。
さらに申込み書には、住所、氏名、電話番号のほか、政治状況(共産党員、共産党系組織員、一般市民など)や最寄りの警察署、家族全員の氏名、勤務先など事細かな記載が求められる。
出港当日、乗船前にホテルで、ツアー客を一堂に集めてオリエンテーションが行なわれた。参加者は200人弱で、男女比は半々、年齢層は30~50代が中心。参加者を前にガイドの女性は、「このツアーには中国の主権をアピールするという愛国的な意味もあります」と、ツアーの意図を隠そうともしない。
それもそのはずだ。ここ西沙諸島は、長年にわたり中国とベトナムが領有権を争ってきた地域である。ベトナムが西半分、中国が東半分を支配していたが、1974年、ベトナム戦争の混乱に乗じて中国が軍事侵攻し、全体を占領した(西沙諸島の戦い)。さらに1988年にはベトナムの南沙諸島にも軍事侵攻し、一部を奪った。
今年に入ってからも、操業していたベトナム漁船が中国船から発砲されたり、体当たり攻撃を受けるなど、西沙諸島はいまも両国の緊張の最前線である。
近年、中国は海底石油資源や漁業資源の眠る南シナ海の権益を「核心的利益」と位置づけている。昨年7月には、西沙・南沙諸島に「三沙市」を正式に設置した。そのうえで、これまで一般人は立ち入り禁止だった西沙諸島について、「実効支配強化」のために観光ツアーを始めたのである。
※週刊ポスト2013年6月21日号