【書評】『こけるな日本』/堀田力/ベスト新書/840円
【評者】関川夏央(作家)
著者の堀田力は、かつて特捜部の鬼検事だったが、約二十年前に「さわやか福祉財団」理事長に転じた。コワい人かと思えば、にこやかな人である。にこやかな表情のまま、コワい発言をする人でもある。『こけるな日本』は、ひと口にいって憂国の書だが、ここでもおだやかな口調でキツいことをいっている。
堀田力は、ものに執着する心性と無限の所有欲を憎む。そのあまり、生涯生活費総額の五倍以上の資産には百パーセント近い財産税を課したらどうか、と提案する。どうせ十五億円か二十億円以上だろ? ならいいんじゃない? と一般人は思うが、金持ちの老人は思わない。それは共産主義思想だという。
著者は福祉二十年の経験から、「人には人を助ける遺伝子」があると確信している。利己と利他は「どちらも生存本能の発露」だが、利己心が強い人、すなわち「自助の活動もしっかりしている」人こそ、実は利他心も強い。共助の活動から、「自己肯定感」という大きな「精神的利益」を得ようとするからだ。
東日本大震災の復興事業にも深くかかわる著者は、その遅れかたは「ほとんど二次災害」だと、やはりおだやかながら苛立ちを隠さない。地方自治体への権限移譲が不十分なのが原因だ。
二〇〇〇年に施行、〇五年に見直された介護保険は、世界でもっとも先進的な制度である。まだ改良の余地はあるにしろ介護保険が機能しているのは、大枠をつくったあと、それぞれの地方に運用をまかせたからだ。権限を与えられれば、地方にもやる気のある役人が必ず出現する。
堀田力は昭和九年生まれの来年八十歳である。一読、戦後第一世代の正義感の筋目に圧倒される。その根底にあるものは、所有欲にのみ向きがちな精神への深い憂いなのだが、それはおそらく、「共助」が自然になされた「戦後」という遠い時代への懐旧と同根であろう。
※週刊ポスト2013年6月21日号