一軍での投手デビューも果たした二刀流ルーキー、日本ハム・大谷翔平。だが、大谷の二刀流については、入団時から反対意見が多数を占めていた。当初、野球評論家の大半は「プロはそんなに甘くない」「1つでも成功するのが難しいのに、打者と投手2つを追うなんて無理」「せっかくの才能を潰してしまう」など厳しい反応を見せ、大谷の挑戦を認めていたのは、落合博満氏など数えるほどしかいなかった。
たしかに、投手をしながら、野手としても活躍するのは、並大抵のことではない。戦前のプロ野球勃興期ならいざ知らず、分業が発達した現代プロ野球では二刀流という発想自体がなかった。スポーツライターの一人が語る。
「穿った見方かもしれませんが、元プロ選手がこぞって『二刀流は無理』と合唱する背景にあるのは、『嫉妬』もあるのではないかと思います。嫉妬という感情は、自分と近ければ近いほど生まれる。その証拠に、『二刀流は無理』というOBは過去の偉大な選手ばかり。『俺にできなかったのに、できるわけがない』という気持ちがあっても不思議ではない。逆に、現役時代そこまで活躍できなかった選手ほど『頑張ってほしい』といっている」
たしかに、日本プロ野球界で輝かしい実績を残した野村克也氏はレギュラー出演するスポーツニュース番組『S☆1』(TBS系)で、「成功してほしくない」と本音を漏らしている。
「この発言を批判する向きもありましたが、かえって正直に本音をいっただけに、逆に好感が持てたほど。ほかの評論家はもちろん大谷のためを思って、『1本に絞ったほうがいい』といっていると思いますが、どこかに嫉妬の気持ちがあるかもしれません。
しかし、過去を振り返れば、なにか新しいことをしようとすると、『無理』と批判されるケースは数多い。王(貞治)が一本足打法を始めたときは、『そんな打ち方で打てるわけがない』と批判され、野茂(英雄)がメジャーリーグに挑戦したときは、『日本人が成功するわけがない』と評論家が異口同音に話していた。野茂のトルネード投法も、近鉄入団当時に仰木(彬)監督でなければフォームを改造させられたかもしれない。
王の師匠である荒川博さん、野茂がメジャーに挑戦した時のドジャーズのトミー・ラソーダ監督(当時)は、いずれも現役時代の実績はそれほどでもなかった。仰木さんはたしかに西鉄黄金時代の名セカンドですが、選手として突出した記録を持っているわけではない。
歴史を変えた天才たちの良き理解者は、いずれも選手としての実績はたいしたことがない。要するに、嫉妬心を抱くよりも、その才能に惚れ込み、大きく育てている。これは、栗山監督と大谷の関係にもいえることだと思うのです」
果たして、大谷は、評論家たちの手のひらを返すことができるだろうか。