ノンフィクション作家の島村菜津さん(49才)は、両方の乳房にがんがあるとわかると、いくつかの選択肢の中から、「乳房全摘出手術」を選択した。それとともに、「再建手術」を行うことも。島村さんがこれらの手術を振り返る。
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手術室の顔ぶれは、まるで女子会状態だった。執刀医の聖路加国際病院乳腺外科部長・山内英子さん、助手の尹玲花さん、それに看護師たち、麻酔医もみんな女性である。
実はこの日、私は月のものの最終日で、もじもじしながら担当のナースさんに打ち明けると、「大丈夫ですよ」のひと言で終わった。そんなこともあり、この女子会状態も“まな板の鯉”には気が楽だった。
2011年6月2日、私は乳がんにより、両胸の全摘手術に臨んでいた。しこりが乳首に近かったことから乳頭を含む腫瘍の周囲約2cmを切開。とはいえ、私はぐっすり眠っていただけだが。
約2時間後、全身麻酔から覚め、意識が戻ると、誰かが「センチネル・リンパ節生検、陰性です」と報告するのが聞こえた。よかったと安堵し、また眠りに落ちた。
乳がんは、脇の下のリンパ節や血液を介して全身へ転移すると考えられており、1980年代半ばまでは、転移を防ぐため、乳房だけでなく、大胸筋やリンパ節も切り取るのが一般的だった。
ところが、生存率は変わらないという臨床結果から、今では、がん細胞が最初に到達するリンパ節だけを1~2個切り、転移を検査するセンチネル・リンパ節生検が主流になった。1990年代、アメリカで始まり、日本へは2000年ごろに導入されている。乳房を切開したところからあらかじめ注射で青く染めたセンチネル・リンパ節を摘出する。
その検査結果も40分ほどでわかるので、乳房の摘出手術の間に、リンパ節を切除すべきか否かの判断もできるようになった。陽性でも、がんが他の臓器に転移したと決まったわけではないが、陰性ならば、なお安心である。
全摘手術の終了後、夕方に部屋で目が覚めてみると、胸の膨らみがそのままである。がんを切り取ると同時に、エキスパンダーという物を入れたおかげだ。
そう、私は結局「再建手術」を選択した。切除手術前の診察時には、全く選択肢になかったのだが…その理由や詳細は次号で詳しく説明するが、乳房切除と同時に再建手術をスタートする「一期再建」という手法を選択したのだ。
胸に入れたエキスパンダーとは、再建用のシリコン型が収まるように皮膚を伸ばすための、生理的食塩水入りのパックのこと。
これに半年ほどかけて、3~4度、生理的食塩水を注入して皮膚を伸ばす。
翌日、鏡の前に上半身裸で立ち、厚いガーゼを剥がしてみた。一度、形成外科で見せてもらったシリコン型と違い、形はややいびつだが、「全摘」という痛々しい響きに反し、喪失感は不思議なほどなかった。
乳房は体の上部にあり、消化器系からは独立しているから、手術の翌日から下半身シャワーも、いつもの食事もできる。
脇腹からは、ドレーンといって、乳房内部の傷口から出る体液と血液が溜まる袋がぶらさがっている。痛み止めも効き、3日目からは退屈なので、このドレーンをチュニックの下に隠し、病院探索に明け暮れた。
コーヒーと地下の売店で買ったクッキーをいただきながら、盛りを過ぎたバラが咲く空中庭園でたそがれるのが、日課になった。このドレーンが1週間ほどで取れると、もう退院である。
※女性セブン2013年6月27日号