後世に伝えたい文化や自然が「世界遺産」であり、偉大な功績を称えるのが「国民栄誉賞」である。同様に、長く険しい修業の末、一芸を極めた匠として認定されるのが「人間国宝」。だが、この「人間国宝」、実は法律で規定された言葉ではない。正式には文化財保護法で定められた「重要無形文化財保持者」に登録された人をいう。
1955年に制度が発足し、初めて30人が選ばれたとき、新聞が「人間国宝」と報じて以来定着したというのだからいい得て妙とはこのことだろう。
重要無形文化財には、雅楽・能楽・歌舞伎・音楽などの「芸能分野」と、陶芸・染織・漆芸・金工などの「工芸技術分野」があり、それぞれの芸や技術を高度に体得、体現した人が認定される。
認定には個人ばかりでなく団体もあり、なかでも雅楽の宮内庁式部職楽部はつとに知られ、公務員である楽員は全員人間国宝である。
人間国宝を認定する制度が発足して58年。芸能、工芸技術の両分野を合わせれば、故人を含めて333人(個人)が認定されてきた。自らの技術の研鑽や後継者育成のために、現在は年間200万円の特別助成金が支給されている。
そのなかで、自ら辞退したのはわずかに3人。名利を求めない姿勢を貫いた市井の陶芸家・河井寛次郎と、陶芸家として初の文化勲章を受章した板谷波山、そして、美食家としても知られる織部焼の北大路魯山人である。
一方、一芸を極めた人がこの称号を戴くのが基本だが、北村武資氏のように「染織」の「羅」(ら)と「経錦」(たてにしき)で重複して認定された人もいる。また、歌舞伎俳優の故松本白鸚と中村吉右衛門のように、親子二代で認定された例もある。
究極の技、雅の粋を突きつめた匠であるのはいうまでもないが、日本の人間国宝が“人間国宝”たるゆえんは何か。それは、その芸や技が日本由来のものであることだ。
したがって、海外の文化であるバレエやオペラ、漫画などは該当しない。あくまで日本で生まれ、日本で培われた芸能、技術であることが条件となる。また、欧米には日本のように文化の継承者を国の定めた「文化財」とする概念はなく、世界でも唯一の文化継承方式といえる。
人間国宝という語感から、永久的な名誉と考えがちだが、技能の保持や伝承が困難な場合は解除される。つまり、没すれば人間国宝ではなくなるというわけだ。
※週刊ポスト2013年6月28日号