アベノミクスの恩恵に沸く人ばかりではない。果たして国民の生活はどうなっていくのか。財政や社会保障政策が専門の土居丈朗・慶應義塾大学教授が警鐘を鳴らす。
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円安により原油やLNGの輸入価格が上がった影響で電気・ガス料金は6月まで3か月連続の値上げとなった。輸入小麦の政府売り渡し価格は4月に9.7%引き上げられ、業務用小麦は6月から値上げされる。その他、食用油、トイレットペーパーやティッシュなどの生活必需品で、原材料費の輸入価格上昇による値上げが相次いでいる。
今後、政府・日銀のシナリオ通りに物価が上がっても、賃金上昇はそれに比して遅れる。消費者の購買力は物価が上がった分だけ低下し、消費が落ち込むことになる。輸出大企業は比較的早く賃金が上がるかもしれないが、賃金がなかなか上がらない業種(国内向けに取引している企業)に勤める人が人口の多数を占める現状では、物価上昇の先行は景気に大打撃となる。
追い討ちをかけるのが増税だ。改めて、安倍政権発足後の増税、社会保険料引き上げなどを確認しよう。
すでに始まっているのが子育て世帯への実質増税だ。2011年に廃止された年少扶養控除は子供1人につき38万円である(所得税。住民税は33万円)。年収500万円、子供2人のサラリーマン世帯なら、この廃止だけで約10万円の負担増となる。さらに民主党時代の子ども手当(月1万3000円)が安倍政権で新児童手当(月1万円)に変わったことで、同様の世帯では年間7万2000円の収入減となった。
社会保険料は今後も毎年上がっていく。年金保険料は2017年まで毎年上がることがすでに決まっている。医療や介護保険は2~3年ごとに見直されるが、少子高齢化が確実な現状では保険料が上がり続けることは間違いない。
そして、2014年4月に8%、2015年10月に10%へと引き上げが予定されている消費増税がある。参院選後の8月に発表される4~6月期のGDPで景気判断が行なわれ、決断は秋頃になる見込みだ。
これらを総合するとどれほどの打撃になるのか。
政府試算によると、夫が40歳以上で妻が専業主婦、小学生の子供2人からなる年収500万円の現役サラリーマン世帯の場合、2016年度は2011年度に比べて消費増税による負担増が11万5000円、年金、医療、介護の社会保険料値上げで8万4000円、その他復興増税や前述の年少扶養控除廃止、新児童手当移行による給付減などを合わせると、計約34万円の負担増となる。
実に1か月分の給料相当が消える。さらに物価が年2%上がり金利も2.5%へと上昇して住宅ローン負担が月2万円増えれば給料2か月分が消えることになる。実質的な可処分所得は2割減、3割減になる恐れさえある。
こうした“痛み”をある程度は受け入れなくてはならないのも事実である。増税や保険料アップを避けてしまうと、ツケが将来に回り財政はさらに傷むからだ。私自身はできるだけ早い時期に今後も必要となる国民負担額を定め、その後は上がらないようにする方法をとるべきだと考える。
それでも、「負担増に耐えられない」という強い反発が政権に向く可能性は大きい。それに対して「社会保障のため」と説明するだけでは足りない。財源確保以上に、より公平で効率的な給付面での改革が急務だ。
※SAPIO2013年7月号