両胸にがんが見つかり、「全摘手術」と「再建手術」を選択したノンフィクション作家の島村菜津さん(49才)。先日、厚労省により、この7月から再建手術に使用する一部シリコンの保険適用が発表されたが、島村さんは保険適用前に全額自己負担で行った。いわゆる“温存手術”が主流の日本で、なぜ彼女は再建手術を選択したのか。過渡期にある乳がん治療の“現在”を追う。
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私の受けた同時再建は、聖路加国際病院が1998年から採用した新しい取り組みの“恩恵”だった。前任の乳腺外科部長・中村清吾医師が考案した、「外部の形成外科との提携」である。
普通に考えれば、乳房再建は形成外科の仕事で、がん治療に携わる外科医(乳腺外科)の管轄外である。だが患者にしてみれば、一度手術を終え、傷が癒えるのも早々、また切って再建というのでは、心身ともに消耗する。そこで、がん腫瘍の摘出と同時に、エキスパンダーを入れてしまうのだ。
エキスパンダーとは、シリコンが収まるように胸の皮膚を伸ばすためのもの。聖路加の院内にも形成外科医はいるが、乳房再建を専門としているわけではない。
そこで、外部の専門医と提携することで、同時再建という選択肢をどの患者にも選ぶ機会が生まれたわけだ。こうした乳腺外科と外部の形成外科の提携の仕組みは、同病院だけでなく、昭和大学病院(東京)や聖マリアンナ大学病院(神奈川/聖路加と合わせて、関係者は乳がん医療の3Sと呼ぶ)などを中心に、今まさに全国に広がりつつあるそうだ。
乳房再建には、大きく分けて2つの方法がある。腹部や背中の組織(脂肪や筋肉など)を使って乳房を作る方法と、シリコンなど人工物を埋める方法だ。
後者の場合、これまでは、手術を終え、その傷が癒え、再発のリスクが下がるのを数年でも待ったうえで、再建を始めるという「二期再建」が主流だった。しかし、聖路加国際病院で乳腺外科の部長を務め、私の切除手術の執刀も行った山内英子さんは、これからは同時再建の可能性を話しておくことが大切だと言う。
「私は、患者さんが手術して乳房がない状態で目覚めることのストレスや恐怖を忘れてはいけないと思うんです。
がんを治すことが先決で、そんなことまで考えさせるのは酷だと言う医師もいる。でも、ある時、小さな男の子を抱えたシングルマザーの患者さんが、“経済的に無理だ”と同時再建を諦めてしまった。『本当にいいの?』と聞くと、『もう言わないでください』と涙をにじませる。そこで形成外科医に相談したら、医療ローンという手があると教えてくれた。その彼女が、(同時再建を)『やってよかった』と言ってくれた」
さらに、こう続けた。
「それに、一度胸がぺったんこになると、女性って逞しいから、“これでよかった、大丈夫よ”と自分に言い聞かせるようなところがある。その、一度リセットした気持ちを再び、再建に向かわせるのは、エネルギーがいると思う」
私の場合、乳管からがん組織がはみ出した浸潤部分は小さくても、しこりは大きく、片方は“がんの芽”ともいわれる石灰化が分散していた。温存はしづらい状況だったのだ。
そのうえ、手術当初、「私も今年49才だし、再建はもういいかな」と思っていた。切除したままにしようと思ったのだ。ところが、旦那に「好きな温泉に行けないよ」と言われて思い直した。鄙びた湯治場で、おばあさんたち相手に毎度、解説することを想像するだに面倒で身悶えしそうだ。
そういった諸々の理由で、私は全摘・同時再建を選択したわけだが、だからといって、これを勧めるつもりなど毛頭ない。
なぜなら実感としては、乳房への感性も、がんの性格も、個人差が大きい。乳がんの症状もケース・バイ・ケースで、自分の体験や卑近な事例を、第三者に応用することは難しい病気だからだ。その意味では、温存にしろ、全摘・再建にしろ、患者の数だけの治療法があっていいのだと思う。
※女性セブン2013年7月4日号