高級時計が売れている。日経流通新聞の2013年上期のヒット番付では、東の横綱に「高級時計」が入った。高級時計を含む「美術・宝飾・貴金属」の5月の全国百貨店売上高は、前年同月比23.3%増だった。これは、統計上の比較が可能な2007年7月1日以降、最大の伸び率である。嗜好品として、昔から愛好者の多い高級時計ではあるが、今年に入ってからの株価の上昇を受けて、その熱が急激に高まっている。高級時計ならではの“投資価値”も魅力の一つのようだ。
「為替が円安に振れたと同時に、輸出産業城下町を中心に、溜まりに溜まっていた消費意欲に火が付きました」
高級時計が好調な理由を、時計ジャーナリストで桐蔭横浜大学教授の並木浩一氏はそう語り、以下のように続ける。
「例えば、トヨタのお膝元の中京地区などです。名古屋はそもそもブランド時計好きの方が多いのですが、円安で先行きが明るくなり、いっぽう円安で輸入時計の価格が上がるのを見越して、景気を先取りするかたちで動いた。それが関東など、全国に波及して行ったと考えられます」
並木氏によれば、海外ブランドではロレックスなどのスイス時計、国産では、グランドセイコーなどの高額商品が人気だという。価格帯は、100万円以下の「高額時計のスタンダード」が動いている。
高級時計が売れると、中古市場も賑わう。都内の大手リユース店の販売員は「買ってすぐ持ち込むお客様も増えています」と顔をほころばせる。時計は中古品でも価格が下がりにくい。その理由を並木氏が解説する。
「腕時計は高級消費材ですが、耐久消費財の側面はあまり持っていない。車のように、使い減りしないプロダクツです。とはいえ、どんなブランドでも中古品の価格が下がらないわけではありません。むしろ、価格が下がらない(リセールバリューがある)ブランドの時計が、マーケットを賑わせていると言えます」
販売数が少ない高級時計のなかには、購入額よりも、それを売った際の買い取り額のほうが、価格が上がるものもある。パテックフィリップのレアピースや、ロレックスの「コスモグラフ・デイトナ」ステンレススティールモデルなどにはその傾向が続く。中古品の流通が整備されて、愛好家の裾野が広がっていることが大きい。また、高級機械式時計は中国の新興富裕層にも大人気だ。
そのため、最初から“転売”目的で購入する人も少なくないという。「ロレックスはいまや、一つの通貨としての価値を持っていると言えるでしょう」(並木氏)
こうした高級時計市場の活況を受けて整備されつつあるのが、時計修理店だ。機械式の高級時計は、数年に一度のオーバーホールなど、定期的なメンテナンスが必要になる。
「実需にあったビジネスとして、時計修理は必要なのです。いま、“時計師”になりたがる若い人は、確実に増えています。東京・渋谷の『ヒコ・みづのジュエリーカレッジウォッチメーカーコース』などは活況を呈していると聞きますよ」と、並木氏。
変わらぬ価値を保ち続ける高級時計。この不確かな時代において稀有な、安心できる買い物なのかもしれない。