米投資系ファンド・サーベラスとの対立が、西武グループ57社を揺るがしている。その西武グループは1912年に前身となる武蔵野鉄道を始まりとしているが、その始祖たる鉄道事業もいま、変わろうとしている。
“総帥”と呼ばれた堤義明氏が証券取引法違反容疑で逮捕されたのち、入社した元女性運転士が中心となりすすめた新たな試みについて、ジャーナリストの永井隆氏がリポートする。
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西武グループにとって鉄道は祖業であり、まぎれもない“4番打者”だ。2013年3月期、グループ全体の営業収益(売上高)は4592億円。うち鉄道業の営業収益は約1038億円に上る。「西武鉄道」は、池袋線・新宿線の2つの幹線を中心に12路線で営業キロ数は176.6㎞、利用者は1日167万人に及ぶ。
そんな鉄道事業に新しい波が起きている。一つが「特急改革」だ。鉄道本部計画管理部の木村有加氏(29)が語る。
「特急は鉄道会社のフラッグシップです。利便性と快適性に優れた特急の活用は、西武鉄道の企業価値向上に役立つと考えました」
西武の特急といえば「レッドアロー」。創立100周年に当たる昨年、新宿線の東村山駅と新所沢駅に期間限定で停車させるプロジェクトを実施、利用者から好評を得た。それに続き、今年3月16日のダイヤ改正を機に東村山を特急停車駅に変えた。これは現場からのボトムアップで生まれたアイデアが実現したもの。
「鉄道を含め西武グループは、堤義明氏がすべてを支配する王国だった。その崩壊で民主化が始まった。トップダウンを受ける一方だった現場が、堰を切ったように意見を出すようになった」(同社幹部)
木村氏は2006年に立教大学文学部を卒業して入社。同社の女子総合職一期生だった。池袋駅員や車掌などを経験して、2008年7月に同社では戦後初の女性運転士になった。
4か月間の座学の後、ベテラン指導員がついて客を乗せた車両のハンドルを握った。さらに4か月後には運転士試験に一発合格。一人前となって最初に一人で運転したのが新宿線のレッドアローだった。運転士をしながら結婚、出産。産休が明けた2010年末に計画管理部の特急を担当するチームに異動した。
「お客様はレッドアローに何を求めているのか。まずはチームが知らなければ」
調査会社を通じ、沿線でアンケートを取った。すると、「一度も乗ったことはないが、本当は使いたい」という回答が多かった。そこでチームは、これまで停まっていない駅にも期間限定で特急を停車させることを提案。会社も認めた。
一方、期間限定ならともかく、東村山駅を正式に特急停車駅に変えるダイヤ改正の実行はそう簡単ではなかった。まず、特急券売機を駅に設置すると案内をする係員が必要になる。場合によっては特急券をチェックする駅員も必要だ。あるいは車内検札とするか。もちろん、余剰人員を抱えたくはない。
同駅ではホームに特急券売機が設置された。それに合わせ、乗りたい客を見逃すことなく、かつ安全に乗車させるため、運転士か車掌から券売機が見えるように特急の停車位置をずらす工夫もした。
「鉄道本部でダイヤ改正を勝手に決めて、それを駅などに押しつけるということではありません。駅や乗務員を担当する部署との綿密な調整が必要になります」(木村氏)
駅係員や運転士の経験を持つ木村氏は現場にも知り合いが多く、幸い膝詰めで話し合うことができた。1駅停車駅を増やせば、当然、遠くに行きたい人にとっては乗車時間が増える。では、安全を確保しつつ停車時間をどこまで縮められるか。一つひとつ問題を解決し、停車にこぎ着けた。
東村山駅停車によりダイヤ改正後1週間で、特急の乗車率は約10%増えた。
※SAPIO2013年7月号