会社の歴史をまとめた「社史」について、全国屈指の蔵書を誇る図書館が神奈川県川崎市にある。硬くて建前ばかりでつまらないイメージがあるが、最近は装丁にも凝り、読み応えのあるものもある。「社史は社風を現す」。図書館担当者に取材した。(取材・文=フリーライター・神田憲行)
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神奈川県立川崎図書館は開館した昭和33年から社史の収集を始め、現在1万6000冊の蔵書を誇る。公立図書館としては日本最大だ(国会図書館をのぞく)。そもそもは高度成長を支えた川崎の重工業地帯の地元として、産業史のひとつとして集め出した。現在も年間400冊のペースで蔵書は増え続けている。同館の担当司書の高田高史さんは「日本ほど社史を多く出している国は他にない」という。
「社史は50年、100年という周年を記念して出すことが多いのですが、100年も200年も続いている企業がごろごろしているなんて、日本以外にありません。海外では吸収・合併などして会社が消えてしまうパターンが多いからです。日本は中小企業であっても、婿養子の跡取りを取ったりして会社の存続を大事にします」
社史は日本企業の誇りなのである。
蔵書の中から、高田さんにユニークな社史を紹介してもらう。まず社史は先述の通り「株式会社○○ 100年史」といったスタイルが多いが、もっとも周年単位が大きい社史はなんだろうか。高田さんが「うちにあるなかではこれです」と、ドンと机の上に置いたのが、羊羹でお馴染みの虎屋が作った「虎屋の五世紀」。50年100年なんてチマチマした単位で刻まねぇ、こちとら世紀単位だという、豪快さが格好いい。
逆にもっとも短い周年単位で作られたものはなにか。高田さんが青い表紙に「社史」とだけ書かれた、古い小さな本を手渡してくれた。「7周年」という中途半端な社史だ。しかし社名をみて驚いた、本田技研工業株式会社、「世界のホンダ」の7周年社史なのである。
表紙の扉を開けてみると、本田宗一郎と藤沢武夫のモノクロ写真があった。社内報から抜粋した小さな社史だが、創業時に10人以下だった社員が7年間で2000人以上に膨らんでいった様子がわかる。過去を振り返るのでなく前を向いていこうとする、大企業の若きころの精悍な肖像画のようだ。
ユニークさで業界の話題になったのが「日清食品50年史」。本の表紙がでこぼこで即席麺のように加工してあり、発売当時のチキンラーメンの袋に入れるという凝りようだ。中身は創業者安藤百福の伝記のほかに、飛び出す絵本のようにページを広げると商品が展開する工夫もある。食品メーカーらしい楽しい社史だ。
「社史を見ればその会社の社風みたいなのがわかるんですよね。手堅く資料性を重視してしっかりした製本のところもあれば、漫画仕立て、物語仕立てのところもあります」
博多明太子で知られる福岡のメーカー「ふくや」は創業エピソードなど全て漫画でぐいぐい読まされる。登場人物がみんな博多弁なので、「博多っ子純情」読んでいるみたいだ。通販下着の「セシール」は、巨匠・里中満智子先生を起用。
社史は「知らなかったけれど、こんな面白そうな会社があったんだ」という発見もある。高田さんのお勧めが「千島土地株式会社 設立100周年記念誌」。大阪の不動産業などを営んでいる会社だが、ご存じの方はどれくらいいらっしゃるだろうか。だが巨大なアヒルの人形を淀川などに浮かべているイベントの会社といえば、膝を打つ人もいるはず。社会事業の一環として同社が行っているのである。
その社史は資料性も高いのはもちろんだが、デザインが素晴らしい。本とは別に美しい手ぬぐいに包まれた小冊子は英語で書かれ、扉を開けると例の川に浮かぶアヒルが登場した。さらに高田さんが「こういうところもすごいんですよ」と本が入っていたカバーの裏を見せてくれると、そこにも美しいグラデーションが施されていた。不動産業というより、洗練されたアパレルメーカーのようだ。俄然、千島土地株式会社に興味を持つ。
「社史を制作する目的はさまざまで、記念事業や得意先に配布するため、従業員教育用もあります。こういう時代にもかかわらず、お金にならない社史を作ろうとするのは、歴史を引き継いでいこうとする会社の情熱を感じますね」(高田さん)
同図書館の社史コーナーは開架式で、自由に閲覧・貸し出しもできる。ニュースで会社が大きく取り上げられると、やはりその社史が動くという。最近では百田尚樹さんの小説「海賊とよばれた男」のヒットで、モデルとなった出光興産の社史の借り出しが増えたとか。
「会社別に見ていくのもいいのですが、私のお勧めは横断的にいろんな社史を比べることです。たとえばヒット商品を生み出した背景であるとか、震災など大きな災害にどう対応したのか。テーマごとに読み比べしていくと、仕事にもいろんなヒントがあると思います」(高田さん)
詳しい利用方法は同図書館のHPまで。