中国の温家宝前首相が今年3月の全国人民代表大会(全人代=国会)で引退してから3か月経つが、最近の動静がまったく伝えられておらず、昨秋の党大会での最高指導部人事をめぐる激しい権力闘争で、北京の中央政界に嫌気がさし、故郷・天津市で遁世生活を送っているとのうわさがもっぱらだ。中国情報専門の明鏡新聞網が伝えた。
温氏が最近、公式の場に姿を現したのは4月中旬、北京訪問中のアイスランドのヨハンナ・シグルザルドッティル首相との会見が最後。同首相が旧知の温氏との会見を要望したのに対して、温氏が快諾したものだが、非公式な会見だったため、中国国内では一切報道されなかった。
引退したとはいえ、引退からわずか1か月しか経っていないのに、国営新華社通信や党機関紙「人民日報」などがこの会見を取り上げないのは異例で、北京の共産党筋は「温氏ら改革派と対立する習近平主席が反対したといわれるなど、政治的な背景がある」と指摘する。
引退幹部の例としては、江沢民元主席は昨年、引退後9年も経っているのに何回も公式行事に出席し、公式報道でその動静が伝えられているからだ。
その後、温氏が中国メディアに登場したのが6月14日付けの人民日報だが、これは最近の動静ではなく、なんと7年も前の2006年の温氏のアフリカの7か国訪問の際の回想記事。人民日報創刊65周年特集のなかのひとつの記事で「温家宝首相は(職を)離れても、我々の近くにいる」という意味深なタイトルが付けられている。
ところで、この記事の中で、ちょっとしたエピソードが紹介されている。それは、温氏らのアフリカ訪問期間中、ドイツでサッカーのワールドカップが開催されており、温氏ら一行の間で「中国は次の2010年の南アフリカでのワールドカップに出場できるか」と話題になった。これに対して、温氏は「中国チームが参加できれば良いけれども、きっとダメだと思うよ」と発言してしまったのだ。
これは当時、温首相の“失言”として、オフレコ扱いされていたが、この記事で、秘密が暴露されているのだ。
ちなみに、温氏らとは政治的に対立していた習近平主席は大のサッカーファンで、「中国でワールドカップを開催し、中国チームが優勝することが私の夢だ」と語っており、温氏の発言は2006年当時のものとはいえ、習主席の夢に冷水を浴びせるものといえそうだ。
それはともかく、ネット上でも温氏が姿を見せないのは、天津で遁世生活を送っているからではないかという憶測が絶えない。盟友ともいえる胡錦濤前主席の回想によると、昨年11月の党大会を前にした8月、河北省の避暑地、北戴河で開催された党の会議で、温氏が直接的な政治攻撃を受けたとしたうえで、胡氏は「私は総書記として、温首相を守るという明確な態度を取らなかった。これについては、いまも恥じ入り、悔いている」と告白。
さらに、胡氏は「私は当時、温首相にしばらく身を潜めて、自身の身を守ることに専念した方がよいと忠告した」との秘話を明らかにしている。また、その後も米紙ニューヨーク・タイムズが温首相ファミリーによる27億ドル(約2700億円)もの不正蓄財疑惑を報じたことについて、胡氏は「温首相を標的にした、さらなる政治攻撃である」と語っている。
明鏡新聞網によると、温首相は引退に当たって、習主席ら現指導部と次の4点を約束したという。それは【1】北京に住居を構えず、天津に移転して遁世生活を送ること、【2】メディアの取材は受けないこと、【3】新しい指導部を批評しないこと、【4】回顧録を書かないこと――というものだ。