国債暴落と共に日本経済で危惧されるのが「超円安恐慌」(スタグフレーション)だ。日銀が「異次元の金融緩和」で通貨供給量を増やしていけば、円の価値が下がり、円安は進む。
円安恐慌の兆候はすでに表われている。この4月から7月にかけて、電気・ガス代からパスタなどの小麦製品や缶詰などの食料品、衣料品や建設資材まで衣食住に値上げが広がった。ただし、それはまだ序の口。原油価格の上昇がコストに反映されるには半年ほどのタイムラグがあり、秋頃には値上げがさらに本格化すると見られている。
「20円」の円安でこれだ。もし、国債暴落で日本がかつての韓国のように1ドル=90円台から一気に1980年代のような200円時代に戻ればどうなるか。
ガソリン価格は1円の円安になれば1円上がる。1ドル=200円なら1リットル250円の世界だ。小型車を満タン(約50リットル)にすれば1万2500円が飛ぶ。家庭用の電気代は10円の円安で年間約4000円アップするから、100円の円高で4万円もの負担増だ。
輸入物価は軒並み2倍にハネ上がる。9割を輸入に頼る小麦製品のパンや麺類が庶民には高嶺の花になる。
自給率の変化も見落とせない。1980年代には牛肉の7割は国産だったが、現在は4割。豚肉の自給率も9割から5割に下がった。輸入価格が2倍に上がるうえ、飼料代の高騰で国産価格も連動して上がる。1980年代は国産だった日用品などの軽工業品の多くは輸入に切り替わっており、それまで円高で「100円ショップ」の低価格の恩恵を受けていた庶民の家計は“物価2倍”で大打撃を受ける。
そして、いくら円安になっても給料が上がらず、雇用も戻らない。『円安恐慌』(日経プレミアシリーズ)の著者で、投資顧問会社「ミョウジョウ・アセット・マネジメント」代表の菊池真氏が指摘する。
「日本の輸出企業はこれまでの円高で工場の多くを人件費の低い海外に移転している。円安になっても日本に戻す選択をする経営者はいません。どうせ部材は海外から輸入しなければならず、人件費の安い海外でそのまま生産した方が効率的だからです。
さらに為替以外の競争条件も変化している。1980年代は世界に日本の家電メーカーの敵はほとんどいなかったが、いまや日本のメーカーより巨大なサムスンやホンハイ、ハイアールと競争しなければならない。輸出は伸びないから給料も増えず、工場が戻らないから雇用は増えません」
物価が2倍で給料が増えなければ、実質的な賃金半減である。消費低迷で企業の売り上げも大幅に減る。国際金融論が専門の相澤幸悦・埼玉学園大学経済経営学部教授が指摘する。
「弱い企業は倒産し、強い企業は魅力がない日本市場を出て海外に移転。日本の産業は空洞化し、庶民は国内に職がないから経済成長している中国やアジアに出稼ぎに行かなければならなくなる。日本企業の海外工場で、現地と同じ賃金、ひょっとすると現地の人よりもっと安い賃金で働くことになるかもしれない」
輸出王国の復活どころか、日本からは主要産業が消滅し、海外に輸出できるのは労働力だけという「出稼ぎ国家」になってしまうのだ。
※週刊ポスト2013年7月5日号