裁判傍聴がブームだという。法律を学ぶ学生か、有名人や有名事件に関わらなければ気にとめることもない裁判を、老若男女、さまざまな人が趣味として傍聴しているのだという。その裁判傍聴の様子を、作家の山藤章一郎氏が報告する。
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東京地裁は毎日10時に開廷する。東京メトロの霞ヶ関駅A1出口が一番近い。徒歩1分。この日、地裁前の通路で「武富士の不当利得を訴える団体」の幟をかかげた数人が演説していた。
所内に入り、ボディチェックを受ける。ズボンのポケットで「ピー」が鳴った。
「ああコンドーム」警備員がいう。「パッケージの銀紙が鳴るから」
探知器の感度は相当すぐれている。恥ずかしかった。
ロビー正面のカウンターに向かう。当日の裁判内容を綴った冊子が置かれている。〈公判開廷予定表〉という。〈刑事〉と〈民事〉に分かれている。裁判の開始時刻、事件番号につづき、事件名、被告人の名、担当部係、裁判官(長)、書記官の項目が記されている。
中に〈審理予定〉の項がある。〈新規〉の事件か、〈審理中〉か、〈判決〉が出る日か、これで分かる。マニアはこれをためつすがめつ検討する。それぞれ好みがある。交通事故、殺人、女の覚せい剤……強姦。この予定表を見るだけで胸が躍るという者もいる。
〈フクロ〉〈ピーちゃん〉は女の覚せい剤事件に目がない。被告人の名前で、若いか年増か割り出す者もいる。「好子」より「愛菜」。〈開廷予定表〉を見ずに、ともかく傍聴をと思う人は、エレベーターで適当な階に降りる。
天井から吊り下がった〈法廷番号表示〉にランプがついていれば開廷中である。〈傍聴人入口〉と〈検察官・弁護人入口〉がある。ノックや黙礼は要らない。ちょっと重たい扉を開けて、席に着く。無料の自由席。
裁判官によって、「なんだ、途中で入ってきやがって」の顔をするのもいる。気にすることはない。さてどの席が、眺めがいいか。
通常、被告人は左側の扉から入ってくる。この入廷の一瞬を狙う。だから向かって右側の前がS席である。あまり面白くなければ、速やかに退廷する。
※週刊ポスト2013年7月5日号