政権発足以来、習近平・国家主席がとりわけ力を注いでいるのが軍権掌握と軍の腐敗撲滅だ。これが政策の両輪といえる。軍内には依然として江沢民や胡錦濤時代の影響が色濃く残っているが、習近平の「戦えば勝つ」という直接的で分かりやすいスローガンは軍内でも評判が良い。その一方、軍内の腐敗撲滅は大問題で、「軍は腐敗の巣窟」といわれるだけに遅々として進んでいない。
北京の軍関係筋が明らかにしたところでは、習近平は軍事委主席就任後、軍内の腐敗撲滅のシンボルとして谷俊山・人民解放軍総後勤部副部長のケースを考えていた。昨年1月、汚職容疑で身柄を拘束し、翌月には全職務を解任した。谷は兵站部門を担当する総後勤部内でも将兵らの宿舎などを建設する不動産部門の担当が長く、土地取得や建設資材の調達などで業者から多額の賄賂を受け取っていた疑いが持たれている。
すでに報道されているだけで、収賄額は200億元(約3300億円)に達し、職権を利用して私物化した邸宅は北京や上海など都心部の一等地300か所に及び、7000平方メートルの豪邸まである。
それらの豪邸には中国産の最高級酒、貴州茅台(マオタイ)酒が1300ダース、計1万5600本も秘蔵され、高級ワイン1万本以上が発見された。
腐敗幹部の通例として女性関係も派手で、有り余る金にものを言わせて多数の女性と関係を持ち、少なくとも映画スターや歌手など5人を愛人として囲っていたとされる。
このような悪行が露見しなかったのは、「江沢民ら最高幹部への付け届けを怠らなかったためで、谷はやりたい放題だった」と同筋は明かす。
しかし世の中には硬骨漢もいるもので、谷にとって悪いことには、それが直属の元上司、劉源・総後勤部政治委員だった。劉源は劉少奇・元国家主席(故人)の息子で、財産も権力も名誉も兼ね備えている。習近平の無二の親友でもあり怖いもの知らず。告発の仕方も大胆だった。2011年末に北京で開かれた軍事委拡大会議で谷の豪邸の写真をかざし、腐敗を明らかにしたのだ。
これで谷は失脚し、さらに習近平が軍トップに就いたことで徹底調査が開始された。その余波で、谷の金が流れていたと噂される徐才厚・前中央軍事委副主席も渦中の人となった。徐は国家中央軍事委副主席だった今年3月、全国人民代表大会にも姿を見せず、身柄を拘束されたとの観測が高まっていた。と、ここまでは習近平も順調だった。
ところがその後、徐は4月下旬に出版された王喜斌・中国国防大学長の著書に序文を寄せたと発表され、間接的に身柄拘束が否定された。これは徐と緊密な関係にある江沢民が動いたとの情報もある。
徐のケースからも、習近平の軍内腐敗撲滅の第1弾は不発に終わった可能性が高い。
■文:ウィリー・ラム 翻訳・構成/相馬勝
※SAPIO2013年7月号