【書評】『ステーキを下町で』平松洋子/谷口ジロー・画/文藝春秋/1575円
【評者】北尾トロ(フリーライター・季刊『レポ』編集長)
平松洋子には“オシャレ料理エッセイスト”みたいなイメージがある。豊かで健康的な食生活とライフスタイルの実践者。なぜだかわからないけれど、何となくそうなっているフシがある。困った事態だ。
おかげで、ぼくの平松本デビューは講談社エッセイ賞を受賞した『野蛮な読書』だったのである。後戻りするように食エッセイに触れ、誤解していた過去を悔やむことになった。
もし、オシャレ系の人だからと敬遠している読者がいたら、この探訪記を手に取って欲しい。“食”をメーンテーマとしていても、語られるのは味を含めたその場所であり、料理を生み育てた風土まで柔らかく取り込まれているから。対象と向き合い、どん欲なまでにかじりつく爽快な筆致こそ持ち味。だから相手が“人”や“書”に変わっても、文章のテーストがぐらつかない。畏怖や感謝の気持ちを抱きつつ、「たのもー!」とばかりに正面から突っ込んでいくんだ、この人は。
行き先も目当ての食べ物もどっちかというと男性的。帯広から沖縄まで、編集者を相棒に、いろんなところへ出かけては食べる、飲む。しかも高級品ばかりとはかぎらない。食堂で提供される豚丼、『餃子の王将本店』への聖地巡礼、京都のうどん、大衆酒場…。
食探訪は出発時に始まり、料理が運ばれて山場を迎える。観察し、話をし、噛みしめ、咀嚼。何も残さないよう平らげ、そのすべてを筆を尽くして表現していく。食べているシーンが目に浮かび、自分も隣に座って食べたくなる。各章に添えられた谷口ジローの画(同席していたとしか思えないリアリティーだがそうではないらしい)がまた食欲をそそり、食べ終えたときには満腹感すら覚える。
〈絶妙のユルさのなかに生息しているのはひとの息づかいだ。だから、チェーン店にありがちな画一的な雰囲気がない。それどころか火の勢い全開、捨て身のがんばりで攻めてくる〉(はじめての「餃子の王将」)
うー、食べたい! でも、それだけじゃない余韻が読後に漂う。一言で表すと「ごちそうさま」の気持ちだろうか。
平松洋子が食べることを通じて何かに感謝している。それが伝播してきて、読んでいる自分まで、それぞれの店に礼を言いたくなるのだ。
※女性セブン2013年7月11日号