日本人ならば、誰もが一度は苦しむ英会話。学生時代から必死で学んだにもかかわらず、使いこなせぬままの人は少なくない。
ところが皇室の方々は、諸外国の王族や要人と、通訳を介さずとも自然なコミュニケーションができている。当然、我々と同じ国に暮らし、“英語漬け”の毎日を送っているわけでもないのに、である。そこには、皇室ならではともいえる「学習法」があった。
今上天皇の英語力の原点には、1人の米国人女性の尽力があった。エリザベス・グレイ・バイニング夫人。1946年から4年間、家庭教師を務めた。バイニング夫人が行なった天皇への週2回の個人授業は、「英語だけで、日本語は一切禁止」というものだった。
なんと英和辞書の使用もNG。わからない言葉については、何とか身振り手振りで理解させる方式だ。今でこそ、高校などの授業で「英語限定」も試みられてはいるが、皇室では60年以上も前から、こうした学習法を先んじて行なっていたのである。
「英語を英語のまま理解すること」は理想であるが、指導は非常に難しく、忍耐を必要とする。
ノンフィクション作家・工藤美代子氏の著書『ジミーと呼ばれた天皇陛下』(幻冬舎文庫)には、その授業の様子が綴られている。
例えば、「bring」(持ってくる)と「take」(持っていく)の違いを英語だけで理解するのは難しく、天皇は素直に「わからない」と答えた。その際は、絵や実際の身振り手振りを使って指導する。
また、飛ぶという動作を表わす単語の「hop」と「jump」の違いについては、実際に天皇の前で飛び跳ねてみせた。個人授業には常に侍従が横に控えていたため、端から見れば滑稽にも見えたかもしれない。
しかし、教えられる方も、日本語が使えないので、自分の知っている限りの英語で、必死に理解しなくてはならない。そのため知らぬ間に語彙が広がっていき、英語力が高まるのだ。
『子どもをバイリンガルに育てる方法』(ダイヤモンド社刊)などの著者で、英語教育者の木下和好氏が語る。
「伝えようとする言葉の意味と、発した英語の音声との間に日本語を介すると、翻訳の発想が入るので、理解が遅れてしまいます。この日本語を介さない手法は、日本語が母国語として定着する以前の幼少期から取り組めば、より効果的だといえます」
※週刊ポスト2013年7月12日号