書店街といえば神田・神保町を思い浮かべる向きも多いが、売り場の面積からいえば、実は池袋は都内でも有数の書店激戦区である。
今でこそ、売り場面積2000坪を誇るジュンク堂書店池袋本店が大きな存在感を誇っているが、かつては池袋の書店といえば、西武百貨店を中心としたセゾングループが文化推進の活動のなかで生んだ「リブロ」や芸術系の書籍を取り扱う「アール・ヴィヴァン」がその代名詞となっていた。
リブロは1975年の9月、その前身である「西武ブックセンター」としてスタートした。当時の売り場面積は300坪。現在のように各地の書店が巨大化したのは1990年代以降のことで、それ以前は100坪以上の書店のことを大型書店と呼んでいた。つまり西武ブックセンターは堂々たる超大型書店だったわけである。
かつてリブロのカリスマ書店員として活躍し、現在はジュンク堂池袋本店の副店長を務める田口久美子さんが語る。
「当時、革新的っていわれてたのが本の並べ方ね」──。書店の棚といえば出版社別、著者別、ジャンル別に50音順で並べるというのが定番だが、リブロはこれを意識的に壊していった。
「例えば棚の形や並べ方。三角形の棚を交差させるように組み合わせて配置して、横からみるとピラミッド、上から見ると十字になっているの。で、正面に宗教の本を置けば、その隣に科学思想の書籍を置いて、全体で見ると、現代思想だったりする。これをローマの神殿を意味するコンコルディアって名づけてましたね」(田口氏)
このような先鋭的な取り組みが受け入れられ、リブロ池袋店は順調に売り上げを伸ばし、西武グループは他の西武百貨店や西友などに書籍売り場を増やした。1985年、これを統合する形で株式会社リブロが誕生した。
陳列方法もさることながら、リブロのリブロらしさはやはり先鋭的な品揃えと、それを売り込むイベントだ。アール・ヴィヴァンの元スタッフで、現在は書店のルポルタージュをライフワークとする永江朗氏は自著『セゾン文化は何を夢みた』(朝日新聞出版刊)のなかで語る。
〈具体的にどんなイベントをやったかというと、例えば「精神世界」。いまでは書店のジャンルの定番だが、当時は宗教方面からも哲学方面からもバカにされた。「××さんが選んだ××の本」というのもリブロが草分けだった〉
こうした数々の試みに吸い寄せられるように、思想家や作家、芸術家など、リブロは“尖った”人たちの溜まり場となった。
「やっぱり、アール・ヴィヴァンの存在は大きいわね。今は児童書売り場になってる場所がそうですよ」(田口氏)
地下1階の正面入り口の対面に「わむぱむ」と可愛らしい装飾の文字で飾られた児童書売り場。ここがかつてアール・ヴィヴァンがあった場所だ。「本屋なのに、照明が暗くて(笑い)。とにかく個性的な本屋だったわけ」(田口氏)
※週刊ポスト2013年7月12日号