夏に向かって「焼き肉店」の売り上げが伸びている。その理由は「焼き肉」が“脳内麻薬”といわれるからだという。食文化に詳しい編集・ライターの松浦達也氏が解説する。
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夏を目前に食関連のメディアがこぞって「肉」を取り上げている。日本フードサービス協会の調べでは、飲食店のなかで「焼き肉店」の今年5月の売上げは、対前年比で113.9%。同調査のなかで、前年同月比で10%以上の伸びを記録した業態は「焼き肉」のみ。実はこの一人勝ち状態には、「焼き肉ならでは」の理由がある。
1992年に発見された神経伝達物質、アナンダマイド(アナンダミド)。快感などに関係する文字通りの“脳内麻薬物質”のひとつだ。このアナンダマイドのもとになるのが、肉類などに豊富に含まれるアラキドン酸。鶏、豚、牛などの肉類や卵やイクラなどの魚介類にも含まれている。「肉を食べる」という行為は脳内麻薬の生成・分泌──つまり快楽、快感にダイレクトにつながっているのだ。実際、マウス実験ではアナンダマイドを投与したマウスは痛みに強く、恐怖に対しても適切な行動ができるようになったという報告もある。
さらにもうひとつ脳内麻薬に働きかけるのが「香り」だ。香りは脳内の大脳辺縁系という記憶や感情を司る「情動系」に働きかける。「焼き」の香りが、もうひとつの“脳内麻薬”ドーパミンを分泌させる。香りの記憶が人々を焼き肉へと向かわせるのだ。
そこにここ数年、高騰し続けているうなぎが拍車をかける。今年、うなぎの養殖業者が確保できたうなぎの稚魚、シラスウナギの量は、不漁だと騒がれた昨年より2割以上少ないという。取引価格も5年前の3倍以上に高騰し、もはや国際自然保護連合がニホンウナギを絶滅危惧種のレッドリスト入りを検討するほど、うなぎは手の届かない存在になりつつある。
「うなぎが食べたい……。でも食べられない」。そこで思い出されるのが、炭火焼きの香ばしさ漂う焼き肉だ。神経系が興奮するとアナンダマイドの生成は高まるという。つまり肉からアラキドン酸を摂取することにより、体内で脳内麻薬生成の素地が作られる。「うまい肉」を食うことで神経系にさまざまな興奮を引き起こせば、もはや食欲はハイパーインフレ状態と言ってもいい。しかも焼き目や軽い焦げ目は旨みが増幅した印で、タンパク質などのアミノ化合物と糖分によるメイラード反応の産物でもある。食べ物において「焼き目」のような“茶色”は旨みを増幅させるのだ。
今年、熟成肉を看板商品とする精肉店がレストラン併設店を出店した。さらに「バル」業態だった小規模チェーンも「肉焼きバル」とでも言うような業態に乗り出した。ワインとホルモンのマリアージュを楽しませる店もある。
ちょうど6月30日には、全国の自治体が自主的に続けていたBSEの全頭検査も終了した。昔ながらの焼肉屋にも客足は戻り、新業態店も出そろってきた。これから、心置きなく肉を楽しめる。この夏は「肉」が来る! というか、すでに来ている。