新たなエネルギー源「シェールガス」に注目が集まっている。非常に安価なエネルギーとして期待されるシェールガスの登場により、世界のエネルギー情勢はどのように変化するのか? かつてオイルの採掘に携わった落合信彦氏が解説する。
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世界のエネルギー情勢が大きな転換点を迎えている。背景にあるのは日本でも最近になって報じられるようになってきた「シェール革命」だ。
アメリカを中心に、地下の頁岩(シェール)層から採掘されるガスの生産量が急増し、それが非常に安価なエネルギー源として市場に出回りはじめた。これまでは世界最大のエネルギー輸入国だったアメリカが、あと数年で世界一の天然ガス産出国に生まれ変わることになるのだ。
私はかつてオイルのアップストリーム(採掘)のビジネスに携わっていて、シェールガスの存在自体はその頃から知られていた。当時は採算の取れる採掘技術がなく、近年のテクノロジーの進歩によって大量の新エネルギー源が“生まれた”というわけだ。
シェール層は当然のことながらロシアや中国にも存在するものの、今のところ採算の取れる採掘技術は北米地域にしかない。米大統領のオバマは「これから100年間は天然ガスを自給できる」と演説で宣言した。
オバマの宣言する数字に信憑性があるかはスペシャリストの間でも意見の分かれるところだが、革命のインパクトが大きいことに変わりはない。太陽光発電などの自然エネルギーと違って、値段が安いところが「革命」的なのである。
日本が輸入している天然ガス価格は100万BTU(英国熱量単位)あたり16~17ドル程度が相場だが、米国産のシェールガスは3~4ドル程度となる。タンカーや液体化のコストを含めても現在輸入しているものの3分の1程度の値段だろう。
ただ、日本では「新しく安いエネルギー源が生まれた」というポジティブな文脈でばかり紹介されているのが気がかりなところである。「革命」には良い面と悪い面の両方があることを忘れてはならない。
では、激動の時代に日本はどう行動すればいいのか。単純に「安い天然ガスをアメリカから融通してもらおう」と考えるのは浅はかだ。既に日本は軍事面でアメリカに大きく依存している。残念ながら米軍抜きでの安全保障など考えられないのが現状である。その上、エネルギー供給までアメリカに依存していいのか。もちろん安いエネルギーを調達するための努力はあっていいが、リスク分散を考えるのであれば、これ以上アメリカに依存するのは望ましくない。
むしろ、まず日本としてはシェール革命を中東諸国との交渉材料に使うべきだろう。「アメリカに安いガスがある」という状況を効果的に示しながら、現在日本が輸入する高い天然ガスの価格を下げていくことを考えるべきだ。その意味で、シェール革命は日本にとってのグッド・ニュースになり得る。
また、ロシアとのやり取りも重要になる。4月末に訪露した安倍はプーチンと会談し、北方領土交渉に進展が期待できるといった報道がされた。しかし、ここではロシアの立場になって考えることが必要だ。
ロシアはヨーロッパへの最大の天然ガス輸出国である。エネルギーを供給することでEUへの影響力を保持してきた。今後、仮にヨーロッパにアメリカのシェールガスが入るようになれば、存在感は一気に小さくなり、現在のような傍若無人な振る舞いを控えなければならなくなる。
プーチンが日本に甘い顔を見せるのは極東のガス田共同開発が狙いだと考えていい。日本の技術を利用して資源を確保しつつ、日本に天然ガスを供給して日米関係に楔を打とうとしているのだ。
単に「北方領土が返ってくるかもしれない」などと浮かれていると、ガス田開発のための技術とカネだけ取られて、領土はいつまで経っても返ってこないということになりかねない。しかも、エネルギーを梃子にロシアと接近することをアメリカがどう捉えるかというデリケートな問題もケアしなければならない。
シェール革命によって起きるパワーバランスの変化は非常に複雑なものとなろう。こう振る舞えば必ずうまくいくという唯一の解はない。最新の政治情勢に気を配り、アメリカ、ロシア、ヨーロッパ、中東諸国、中国などの思惑を見通した上で、国益を確保しなければならない。
※SAPIO2013年7月号