フェルメール、エル・グレコ、ラファエロ、ルーベンス、ルノワール…。これは、この1年間に都内で開かれた企画展のほんの一部なのだが、世界の美の巨匠が並ぶ。入場待ちの長い列も話題になるが、そうした混雑を避けて、常設展でゆっくり名画と向き合い、お気に入りの絵画を探してみませんか、と提案する書籍『上野に行って2時間で学びなおす西洋絵画史』(星海社新書)。
「ぼくは絵画の専門家でもなんでもないけど、学生時代から専攻の勉強はほっといて、美術館でふらふらと遊びながら、好きな絵を見ていました」
と言う著者の山内宏泰さん(41才)。見るほどに、このきれいな色はどうしたら出せるのだろうか、この人物はなぜこっちを向いているのか、と素朴な疑問がわいてくる。最近、音声ガイドも充実してきたが、知りたい作品に限って“ガイドなし”のことも多く、誰か教えてくれる人がいればなあ、と思うこともしょっちゅうだ。
そんな思いに著者自ら応えてしまった本書は、楽しい入門書といっていい。
美術館、西洋絵画史というと、どうも敷居が高いような気がするが、物語のような構成になっている本書を読み進めると、身近な感じがしてくる。なぜか? その秘密は、本書の中では、美術館を現代から過去へと見ていく。美術館の館内に表示されている「順路」とは逆に辿っていることに関係がある。
「順路はあくまでも目安であり、表示に従って全部見ていたら、途中で耐えられなくなるはず(笑い)。優れた作品は大きなパワーを持っています。でも、そんな作品すべてに対峙するエネルギーをこちらは持ち合わせていないですから。もっと自由に、かしこまらないで見ればいいと思います」
では、その言葉に促されて、こちらも気になる質問を自由に著者にぶつけよう。16世紀頃までの絵画は宗教画が主で、描かれているのも聖母や天使ばかり。なぜ?
「そのころの人々の生活すべてが、キリスト教の教義のもとにあったからです。おそらく実際に天使の存在も信じていたのでしょう」
18世紀には肖像画が多くなり、その中には画家の自画像も増えるけれど…。
「当時の画家にとって、有力者の肖像画を描くことは、重要な仕事であって、それによって収入も増える。そのときに自画像を描いて作例として見せれば、相手は仕上がりのイメージがわいたでしょう」
そもそも絵って、どういうきっかけで生まれた?
「はるか昔、旅立つ恋人の面影を、若い娘が自分のもとに留めておきたいと思って、地面に映った彼の影をなぞって輪郭線を描き出したのが、最初だといわれています。人が誰かを思う気持ちや、何かに心を動かされたとき、その気持ちを表現するのに使われていたものでもあったんです」
日本人は、モネやルノワールに代表される印象派の絵が好きだといわれる。
「日本人は木の葉が揺れた、風が吹いた、そんな小さなことに心を動かされて短歌や俳句を詠んできました。それを絵にしたのが印象派だといってもいいと思います。私たちのまわりで起こっていることや自分の気持ちなんて、いつも揺らいでいる不安定なことばかり。印象派の描いた世界は、まさにそういう揺らぐ絵でした。だから、親近感を感じるのだと思うんです」
絵を見ることは、絵を通して、自分の心に向き合うことだといえるのかもしれない。
「本物の絵には描いた人の世界観ばかりか、その時代の空気や社会の全体像まで詰まっています。だからこそ、その本物をご自分の目と心で“経験”してほしいと思います」
ところで、この本にはアートコンシェルジュなる職業の人物が登場し、案内してくれるが、どこで頼めるのか?
「いたらいいと思いますよね(笑い)。ぼくはずっとそう思っているんですが、まだ日本には…。だから、思いを込めてこの本を書いたんです」
※女性セブン2013年7月18日号