アベノミクス「第3の矢」である成長戦略を放って参院選に臨んでいる安倍自民。『日本再興戦略 JAPAN is BACK』(6月14日発表)と銘打たれた戦略プランの内容には、「小粒」「期待はずれ」との指摘がつきまとう。
中には、民間の力を最大限引き出す規制緩和やインフラ整備が着々と進められている項目もある。その代表例が“究極のエコカー”と目される燃料電池車の普及に向けた取り組みだ。
「2015年の燃料電池自動車の市場投入に向けて、燃料電池自動車や水素インフラに係る規制を見直すとともに、水素ステーションの整備を支援することにより、世界最速の普及を目指す」(「日本再興戦略」より)
いまやエコカーといえば、ハイブリッド車や電気自動車が主役となっているが、燃料電池車は水素を燃料にした電気で動き、排ガスを一切出さない。そのうえ、ガソリン車と同等の走行能力、電気自動車よりも長距離走行が可能など、まさに夢のような車なのだ。日本ではトヨタ、日産、そしてホンダもそれぞれ海外の自動車メーカーと提携して、大詰めの開発競争を繰り広げている。
車体の開発が進んでいるのに量産体制のメドが立たなかった理由のひとつは、燃料の水素を充填する「水素スタンド」の整備が遅々として進まなかったからだ。ある自動車メーカー関係者は、「スタンドを1か所設置するのに5~6億円かかり、普及も進まないうちから民間で投資するには無理があった」と打ち明ける。
そこで、政府は2015年までに水素スタンドを全国に100か所つくる方針を打ち出し、3年間で約46億円という補助金制度(燃料電池自動車用水素供給設備設置補助事業)も用意した。既に補助金を使った実証スタンドは海老名市(神奈川)や名古屋市(愛知)など全17か所あり、今後も浦和(埼玉)や練馬(東京)など19か所の建設が決まっているという。
だが、燃料電池車のインフラ整備を巡る政策は、安倍政権の“実績”では決してない。
「水素スタンド整備の道筋は、2010年6月に民主党の菅内閣で閣議決定された『エネルギー基本計画』『規制・制度改革に係る対処方針』で既にできていました。その後、規制の見直しや実際のスケジュールが組まれたものの、首相交代や政権交代で頓挫してしまった。そして、安倍政権は決まっていた話をそっくり違うテーブルに乗せ換え、第3の矢に盛り込んだだけです」(全国紙記者)
つまり、民主党政権の“置き土産”だったというわけだ。これだけではない。「安倍政権はある意味、民主党政権のおかげで成り立っているといっても過言ではない」と話すのは、政治アナリストの伊藤惇夫氏である。
「民主党政権の最大の遺産は消費税増税。自民党が17年間も逃げ回っていた“荷物”を野田内閣が消費税増税法を成立させて処理してくれた。そのうえ政権まで明け渡してくれたわけですから、本来、安倍さんは野田さんに足を向けて眠れないはずです」
もちろん、民主党が政策実行能力に欠けていたことは否定できない。
「民主党は政治主導を旗印に官僚を敵に回していたので、官僚サイドも政権の思惑に従った数字(予算)を出さない傾向にありました。それが官僚と蜜月な自民党が政権を取り戻したことで、安倍首相は経済政策の細かな部分まで差配できている」(伊藤氏)
しかし、いくら官僚を自由にコントロールできたとしても、それが成長戦略の結果につながる保証はどこにもない。
「安倍政権の成長戦略で特色を見い出すとすれば、雇用の自由化など小泉政権流の弱肉強食政策。いまのところ、たとえ実態とはかけ離れた政策でも、『3年後は良くなる、5年後はもっと良くなる』と、国民の期待感を煽り続ける“予言政治”で凌いでいますが、そのマインドコントロールが解けるのも時間の問題かもしれません」(伊藤氏)
燃料電池車については、2025年に市場規模が2兆9106億円になるとの予測(市場調査会社の富士経済調べ)がある。国のインフラ整備も欠かせない普及期ゆえに、今回ばかりは支援の手を緩めてはならない。それがアベノミクスの成否を占う大事な試金石にもなる。