参議院選挙での自民党の圧勝は、「アベノミクスへの期待感」によるところが大きい。だが、果たして安倍首相は参院選後、本気で日本経済を変革する覚悟はあるのか。アベノミクス批判派の元経産官僚・古賀茂明氏と、支持派で政府規制改革会議委員も務めるジャーナリストの長谷川幸洋氏が、首相の改革姿勢を問うた。
古賀:安倍さんがうまいなと思うのは、メディアに「安倍さんは改革に後ろ向き」だと書かせないようにしてますよね。改革のフリ、見せ方が巧妙になっている。
たとえば成長戦略の中身がないと批判を浴びそうになったところに「大規模な減税」という見出しが新聞に躍った。具体的には設備投資減税で、市場や経済界が求める法人税減税の要求は無視したものでしたが、不勉強なメディアはわかりやすい「減税」という言葉に飛びつきました。設備投資減税で設備投資が増えたことなんて、これまでもほとんどないのに。
実は、設備投資減税は経産省が大好きなんです。なぜなら、減税の要件を決めるのが官僚だから。族議員や業界団体と結託して、最後は自民党税制調査会の“インナー”といわれる少数幹部と財務省とで決める。この過程こそが、最大の利権の温床なんです。
長谷川:確かに、法人税の実効税率そのものを下げちゃうと、全員平等だから利権が発生しない。平等だと官僚の裁量の余地がなくなっちゃうから。
古賀:これを選挙前に打ち出したところがまたうまくて、業界から見ると「秋の減税はしっかり我々が得する形にしてくださいね」ということになり、選挙協力と陳情のギブアンドテイクが生まれる。
最近では、「内閣人事局」(*注)の構想についても大見出しで報じられましたね。これも、国民にはあたかも安倍政権が公務員制度改革に取り組みはじめたという風に見えますが、実際には4年前に麻生政権が提出した法案(民主党の反対で廃案)と同じ内容に過ぎない。その後、みんなの党と自民党が共同提案でさらに進んだ改革法案を提出しているから、安倍政権のやろうとしているのは4年前に後退した内容なんです。
それをいかにも「新しい政策で公務員制度改革がんばります」と打ち出して、不勉強な記者がまんまと乗せられている。秋には安倍さんが官僚の反対を押し切って決定した、ということになるんでしょうが、改革のフリだけで安倍さんの本気度は見えてこない。
長谷川:しかし、安倍さんには改革への意欲があると思う。政権発足当初、ある議員が「農業改革を本気でやると農家の票が減るかもしれませんよ」と進言したところ、安倍さんは「そうか、では彼らによろしく伝えてくれ。もしも農協の皆さんが自民党を支持しないというならどうぞご勝手に」と。こういったそうですから。
ただ、安倍さんは6年前の失敗で、正しいことをやるには手順や段取りが肝心という点を最大の教訓として学んだ。政権発足当初、党内の支持は石破茂さんにあったし、国会もねじれていた。国民が支持した政権だったかといえば、衆院選の投票率が10%も下がったわけだからそうともいえない。つまり、基盤の弱い政権としてスタートしているからこそ、よほど慎重にしないといけないと考えていたわけです。
【*注】各省ごとに行なわれている公務員人事、特に幹部官僚の人事を官邸内に新設する内閣人事局でまとめて行なう構想。2008年に成立した国家公務員制度改革基本法に基づき、自民党政権がこれを盛り込んだ公務員法改正案を国会に提出している(廃案)。
●はせがわ・ゆきひろ:1953年生まれ。東京新聞・中日新聞論説副主幹。政府の規制改革会議委員、大阪市の人事監察委員会委員長も務める。著書に『政府はこうして国民を騙す』など。
●こが・しげあき:1955年生まれ。通産省(現経済産業省)入省後、経済産業政策課長や国家公務員制度改革推進本部審議官などを歴任。2011年に退官。著書に『日本中枢の崩壊』など。
※週刊ポスト2013年8月2日号