黒田勝弘氏は1941年生まれの産経新聞ソウル駐在特別記者。著者に『韓国人の歴史観』(文春新書)、『ソウル発 これが韓国主義』(阪急コミュニケーションズ刊)がある。黒田氏が韓国国内の最近の動きと日本との関係についてレポートする。
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今から40年も前になるが1970年代に韓国に取材で出かけた際、小学校の運動会で子供たちが応援歌としてテレビアニメ『キャンディキャンディ』の主題歌を歌っていたのに驚いた。「日韓の子供たちは〝キャンディキャンディ〟で話が通じ合う!」と、いささかオーバーに感動したことがある。
実は韓国では以前から『鉄腕アトム』や『マジンガーZ』『アルプスの少女ハイジ』『フランダースの犬』など多くのアニメが日本から輸入されており、『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』『島耕作』も大人気だ。今年の春には『赤毛のアン』の日本製テレビアニメが3Dデジタルでリバイバル登場し、劇場上映されて話題になった。
ついでに言えば、「オゲンキデスカ?」という日本語の台詞が韓国で流行語にまでなった伝説(?)の日本映画『Love Letter』も最近、3Dデジタル版で再上映されている。
ただ、昔は日本製アニメとは知らずに見ていたが、近年は情報時代だからみんな日本製と知った上で楽しんでいる。商売になるので、関係業界は日本の人気アニメや文学作品の輸入に懸命だ。最近では、村上春樹氏の最新作が入札の結果、16億ウオン(約1億5000万円!)で落札されたとか。
日本アニメで最近話題となっているのが『進撃の巨人』。原作漫画の総発行部数が2000万部に達し、テレビにも”進撃”している超人気アニメだが、韓国でも翻訳出版に続きアニメも放映されて人気爆発となっている。
テレビはもちろん、各界で「進撃の○○」「○○の巨人」などとパロディ化も盛んで、なかには「進撃の○○市」などという自治体PRも登場している。
「日ごろは反日を楽しんでいながら臆面もなく……」と皮肉りたいところだが、世界に冠たる日本アニメのすごさを考えれば目くじらたてることはない。それにストーリーや登場人物も国境を越えている。
「人食い巨人に包囲された人間」という設定から、韓国でも「巨人の正体は何か?」など、人気の秘密をめぐって議論が盛んだ。巨人を中国に見立てて「衰退日本の中国コンプレックス」などといった解説は韓国らしい。
一方で「市民を最前線に追いやる指導層、事なかれ主義の軍隊、自らの財産だけを守ろうとする商人……われわれにも示唆するところが多い」「日常的に暴力にさらされている現代人の姿そのものを赤裸々に描いている」といった批評も。
かなり残酷なシーンが登場するため、「青少年の情緒には有害」と漫画の閲覧は「15歳以上」、テレビアニメの視聴は「19歳以上」に制限されているが。
しかし受験地獄下の中高生たちの間では「やはり戦わなければ勝てない」「苦しい現実に屈服せず挑戦し戦ってこそ願いはかなう」などと、結構励みにもなっている。
近年、国立ソウル大学図書館で貸し出される文学作品のうち3分の1は日本の現代作家という。アニメをはじめ、日本文化はそれほど韓国社会に浸透しており、「新ジャポニズム」の声さえある。反日にもかかわらず日本の食文化は韓国では昔から最も人気がある。居酒屋ブームに乗ってこの春、ついに「和民」も韓国に進出した。
世界中でよくある反米運動では、若者がコーラを飲みながら反米を叫んでいる。韓国もジャポニズム・ブームと反日が共存してもおかしくない(?)。
韓国は決して反日だけではないのだ。近年、メディアやそれに影響される政治・外交の反日が目立つが、これは実態としての「反日後退・解体」という現状へのイラ立ちかもしれない。突出して反日を楽しんでいるメディアや政治をどう孤立させるか、日本としては知恵の働かせどころだ。
※SAPIO2013年8月号