新宿にある東京都庁前から出発し、銀座や浅草など東京の名所をめぐり、お台場でゴールする東京マラソン。世界記録も狙う国際大会の側面もあるが、市民ランナーが東京観光を兼ねて出場する大会として定着しつつある。現在のコースに、海外からの観光客にも人気の渋谷・原宿が含まれなかったのはなぜなのか、作家の山藤章一郎氏が、その理由に迫った。
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ママチャリで1年間、毎週、走ってコースを決めた偉人氏、〈スポーツ振興局〉の早崎道晴さんが最も思いを深くするのが、銀座4丁目交差点である。
東京マラソンは7時間で行なわれる。通過したブロックごとに順に封鎖が解除される。だが、銀座は2度通過する設計で、ほぼ5時間閉じられる。
「テレビ映りも考えて見栄えのよい道など、主要道路はほぼ走りました。しかも東京の観光に役立つコース。交通量が多いとバツ。渋谷のスクランブル交差点を入れたかったけど、新宿から渋谷は山と谷。登り下りがきつすぎて断念しました」
銀座4丁目は避けて通れない。東京のヘソである。だが、日曜日には約10万人の通行人がある。偉人は、交差点が見通せるドトールの窓際に陣取り、日曜日の人の流れをノートに克明に書き込んだ。有楽町からの流れを4丁目ではなく、1丁目に回せないか。商店会と話し合った。
警視庁とも会合をかさねた。相手はいう。7時間走る? とんでもない。マラソンは2時間何分だろ。返す。誰もが参加できる市民マラソンです。7時間は要るのです。やがて熱意が伝わる。相手がアイディアを出す。
地下鉄の上を利用するのはどうか。これなら道路を封鎖しても、下で歩けて人の流れはつながる。だが銀座は、いちばん昔に敷かれた銀座線が通っていて通路が狭い。人があふれて、惨事の起きる危険もある。それなら有楽町線側に流せないか。
東京マラソンのコースはこうして、銀座4丁目交差点を中心に、結果的に大部分が地下鉄の路線をなぞるかたちになった。
だが、大きな問題が残った。道路が封鎖されれば、数千の会社、店にお客が近づけない。
「東京のまんなかでマラソン? 店の前を封鎖する? 嘘ですよね、という反応でした」
殊にホテル、デパートが強硬に反対に立った。警備、車の出入り係、宿泊係、宴会担当から、それぞれ入れ替わり立ち替わり、説明を求められる。デパートの各テナント、学校、結婚式場も説得しなければならない。2月、入試の時期である。
偉人は「ひたすら、東京の観光とスポーツ振興のためですと頭を下げつづけ」た。それでも納得を得られない。
ママチャリで走ったことが最後になって利いた。この時間帯のこの場所の車の流れ、人の流れはこうです。こっちに逃がすと、300メートル先の駐車場に誘導できます。こうコーンを並べればこう迂回できます。表を封鎖しても、裏通りでなんとか大型バスを切り返せます。この説得と曲折を経てコースは決まった。
そして、東京がひとつになる日を無事終えるには、膨大な人と知恵とカネがかかった。
本年度2013年──。
●医師:40人、看護師66人。
●交通規制チラシ配布:305万枚。
●仮設トイレ:スタート地点、コース上、あわせて1014基。
●コーン:2万5000本。
●沿道の観衆:約130万人。
●総事業費:19億4000万円。
●総スタッフ:1万6000人。
※週刊ポスト2013年8月2日号