政治資金規正法違反で告発された小沢一郎氏について、2010年2月に東京地検特捜部は不起訴を決定した。その判断を覆したのが「検察審査会」だ。
検審は有権者名簿からくじで選ばれた11人の審査員で構成され、不起訴処分の当否を審査する。東京第5検察審査会は2010年4月と9月の2回、「起訴相当」(審査員8人以上が、「起訴すべき」とした場合)と議決。小沢氏は強制起訴された。
しかし2012年11月の東京高裁判決を受け小沢氏の無罪は確定。結果的に検審の見込みは間違っていたことになる。もちろん検審が間違うことはある。それよりも問題なのは、この間の検審についての記者クラブメディアの報道が、「検察に都合のいい情報」の垂れ流しだったことだ。
中でも異彩を放つのがTBSの“スクープ”だ。
小沢氏に一審無罪判決が下った2012年4月26日の夜、TBSは「NEWS23X」で小沢氏を強制起訴した検審の「元審査員X氏」の匿名証言を報じた。X氏の姿は画面に映されないが、証言はナレーションでこう再現された。
「ウソの報告書がなかったとしても結論は同じだったのでは」
「判決後の今でも、当時の起訴議決は正しかったと思っている」
X氏の言うウソの報告書とは、小沢氏本人の事件への関与を示唆する資料として検察から検審に提出された「捜査報告書(石川知裕元衆院議員の供述調書)」だ。当初は“小沢有罪”の決定的証拠とマスコミも騒いだシロモノだが、2011年12月の公判で検事による全くの作文、すなわち捏造調書であることが発覚していた。
捏造発覚当時は“控訴してこれ以上、裁判を長引かせるべきではない”という意見が法曹関係者から上がったが、そこにX氏の「報告書がウソでも判断は変わらない」という証言が出たわけである。検察官役の指定弁護士は翌月、控訴を決定。報道は公判の流れに影響を与えたと言える。
検審の審査員の個人情報は一切非公表で議事録や審査日程すら公表されず、裁判員のように匿名を条件とした会見もない。裁判所(検審事務局)が一切照会に応じない中で、TBSがどうやってX氏を取材したのか、“本物の審査員”だと人定したのか疑問は尽きない。
TBSは小沢事件では、検察の捜査中に突然、「小沢氏側に裏ガネを渡したところを見た」という匿名証言者の“スクープ告発”を報じ、なぜか続報を流さなかったという奇妙な“前科”もある。
検察は伝統的に政界捜査にあたって、政権からの圧力や上層部の慎重論で立件できなかった材料をマスコミに流し、「疑惑の政治家」と報道させて社会的制裁を加える手法を取ってきた。それが批判され始めたから、検審を隠れ蓑にした新たな政治家批判の仕組みが作られたのではないか。
本来、検察審査会は検察をチェックする機関だ。検察関係者は、断じて検審の〈関係者〉であってはならない。しかし陸山会事件は、検察審査会が素人揃いであることを司法権力が逆手に取り、政治家を“市民感覚”で起訴させて政治的に抹殺しようとした権力暴走の疑念が拭えない。
最も恐ろしいのは、それをチェックすべきメディアが、自ら司法権力のプロパガンダ機関となって暴走に荷担していることなのだ。
■文/武富薫(ジャーナリスト)
※SAPIO2013年8月号