大地震や大津波のリスクが指摘される首都・東京。だが、もう一つ忘れてはならない重大な自然災害がある。大河川の堤防決壊や集中豪雨による水害だ。最悪の場合、都心は完全に水没し、数千人の死者が出る。その危機は年々高まっており、地震や津波よりはるかに差し迫った脅威となっているのである。
水没した地域に電気やガス、水道などのインフラの拠点があると、ライフラインに大きな影響が出る。河川災害に詳しい末次忠司・山梨大学大学院教授は言う。
「変電所が浸水すれば電力が停まる。ガスを製造する(LNGを気化させる)時に電気を使うため、停電によりガス製造が停止する。水道は浄水場が浸水すればだめになる。一定の水圧で供給する水道施設が停電すれば蛇口をひねっても水が出なくなる」
マンションはエレベーターが動かず、水も使えなくなるので、高層階の住民は孤立する。また最近では1階部分が半地下または完全な地下1階の構造になっているケースが増えている。低層階の部屋が水没する可能性がある。
水害が発生すると経済への影響は甚大だ。
「東海豪雨(前出)ではトヨタ自動車は従業員や部品を確保できず、全国24の工場で操業を停止、1万7000台の車両製造に影響が出た。スーパーやコンビニの多くも店舗が浸水したり、停電で保冷設備が動かなくなったりして営業できなくなった」(前出・末次教授)
内閣府は利根川が決壊して濁流が東京都まで押し寄せた場合、浸水による被害額は約34兆円(GDPの約7%相当)と試算している。東日本大震災の推計被害額(約16兆9000億円)の実に2倍だ。
洪水被害で警戒しなければならないのが衛生面だ。海外ではマラリアなどの感染症が必ず大流行している。インドネシアや東北地方など津波の被災地で緊急医療支援活動を行なってきた加來浩器・防衛医科大学校教授は言う。
「初期段階では創部の化膿、破傷風など外傷による感染症が流行りやすい。汚水を飲み込んでしまう誤嚥性肺炎なども考えられます。気をつけたいのは糞尿などを介して感染するコレラや赤痢。コレラと聞いて驚く人がいるかもしれないが、日本国内に土着のコレラ菌がいる可能性を認識すべきです。
避難所などの集団生活ではノロウイルス感染症、インフルエンザ、食中毒などが発生しやすい。また、ネズミなど動物との接触で感染するのがレプトスピラ症。腎不全や肝不全などを引き起こし、最悪の場合は死に至ります」
自然災害が発生すると、公衆衛生インフラが根底から破壊される。感染症が大量発生した場合に必要な医療を提供できる保証は全くない。
※SAPIO2013年8月号