桐光学園・松井投手を攻略した横浜高校のデータ主義は、今後、元プロ野球選手の監督の誕生によって、より広がっていくかもしれない。フリーライター・神田憲行氏が考察する。
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松井裕樹投手を擁する桐光学園が神奈川大会準々決勝で横浜高校に敗れた。翌日のスポーツメディアで話題になったのが、横浜の戦術分析である。松井投手の武器である縦に落ちるスライダーを見極めるために打席の後ろに立たせて、直球を狙わせる。牽制の癖を盗んで、盗塁を仕掛ける。桐光の各打者の打球方向を研究していたようで、現地で観戦していると、横浜の外野手の守備位置も打者によってかなり変えているのがわかった。抜けそうな当たりを二つほど好捕した。
横浜の分析を担当するのが、前部長で今はコーチを務める小倉清一郎さんだ。小倉さんの詳細な分析メモは「小倉メモ」として、高校野球界では有名だ。私は「横浜vs.PL学園」という本を書いたとき、PLの各打者の打球方向、投手の癖を書いたメモを見せられて衝撃を受けた。
もちろん分析して相手の弱点をあぶり出したところで、選手がそこを突けなければ意味が無い。だから練習も徹底して細かい。小倉さんから投手の一塁牽制の練習について記したノートを見せて貰ったが、足の使い方の図解入りでA4で3ページあった。
そんな分析が重要なら、今はビデオも普及しているからすぐにでも真似できると考えるかもしれない。実際真似している学校はいくつもあるが、「観察力」が必要で、なかなか小倉さんの名人芸の域に達することは難しい。
しかしそれも今後一変するかもしれない。元プロ野球選手の存在である。今年1月、日本学生野球協会と日本野球機構が話し合い、元プロ野球選手であっても、プロとアマが用意した座学研修を受ければアマの監督になれる途が開かれた。今まで引退したプロ野球選手が高校野球の監督になろうとすれば、教員免許を取得して2年間、教壇に立つことを求められていた。これからは高卒であっても、高校野球の監督になれるのである。
プロ野球といえば、相手の弱点の突き、癖を盗む油断のならない世界である。
実は桐光対横浜戦の前、元プロ野球選手が松井攻略について、
「自分ならバッターを打席の後ろに立たせて、スライダーを捨てて直球に絞らせる」
と話していた。試合で横浜の各打者の打席位置をメモしていくと、一人をのぞいたメンバーが後ろに立っていたので「横浜も同じ考えなんだな」と思った。
また彼からは松井投手の投球の癖も教わったが、これは私の観察力では確認できなかった。もっとも彼も「まだ確証は持てないけれど」と語っていた。
プロ野球出身者が高校野球監督になれば、データ主義、分析力を活かした高校が今後続々と現れるだろう。そうなれば、高校生の必死さという高校野球本来の魅力とかけ離れてしまうと危惧する人がいるかもしれない。しかしそうだろうか。データと分析は「強者」だけのものとは限らない。プロ野球界随一のID野球を標榜する野村克也氏は、「ID野球こそ弱者の兵法」と言っている。引退したプロ野球選手が地元に帰り、母校の公立高校をID野球で鍛え上げて甲子園に出てくる……そんなロマンを私は期待する。